三洋電機五十年史という、三洋電機が自らまとめた社史があります。創立から2001年くらいまでの歴史をまとめた内容なのですが、マイコン/パソコンについてはほとんど触れられていませんでした。ただ、三洋のパソコン第一号機がPHC-1000であるという記述があり、それをキーワードにして三洋電機技報という資料を見つけましたので、ここにまとめておきたいと思います。
※他にも「三洋電機三十年の歩み」という社史もあり、こちらは1970年代末くらいまでの内容ですが、マイコン/パソコンについての記述はありませんでした。
PHC-1000は、1979年に業務用向けのパーソナルコンピュータとして発表されました。“この頃”の三洋の認識では、個人利用のパソコンはホームコンピュータ、その上のランクの業務用に使用されるパソコンをパーソナルコンピュータとして分類し、それぞれの価格帯も10万円台と100万円台として区分けていたようです。
開発は東京三洋電機株式会社エレクトロニクス事業部です。
PHC-1000の本体は2009年まで大阪にあったSANYO MUSEUMに実物が展示されていました。残念ながら現在では閉館となっていているのですが、日経トレンディのサイトで写真を見ることができます。
このサイトで紹介されている製品をみていると、先に紹介した社史はSANYO MUSEUMに置いてあるもの(だけ)を参考にまとめたのではないかな・・・と思えますが気のせいのでしょう、うん。
CPU | Intel 8085A |
ROM | 4KB |
RAM | 32KB |
CRT | 12inch グリーンモニタ |
CRTコントローラ | Intel 8275 |
キーボードインタフェース | Intel 8279 |
プリンタインタフェース | Intel 8255 セントロニクス方式 |
RS-232Cインタフェース | Intel 8251 |
記録装置 | 内蔵カセットデッキ |
外部入出力 | 外部専用プリンタ(PHC-800)、外部専用カセットデッキ(PHC-300) |
ディスプレイ周りはIntel 8275を中心にIntel 8257 DMAコントローラやキャラクタジェネレータと映像信号生成回路が接続されていました。
キーボードはENTERでもRETURNでもなくCRだったり、カーソルキーの配列が他のマイコンでも見られないような並びだったり、右側に4つのファンクションキーがあったりします。ファンクションキーは上からRESET,BASIC,STORE,REW LOADのようです。
内蔵カセットは、フィリップス型デジタルカセットで、片面に256KByte記録できたようです。
テープ速度 | Slow:15inch/sec, Fast:45inch/sec |
記録密度 | 800bit/inch |
データ形式 | ISO3407準拠 |
記録方式 | 位相変調方式 |
トラック数 | 1 |
磁気ヘッド | デュアルギャップヘッド |
データ転送速度 | 12000bit/sec |
256KByteということはフロッピーディスク並の容量で、PHC-1000は搭載RAMが32KByteですから、それ以上の容量を記録できたということになります。後述しますが、テープレベルでファイル管理システムを持っていたので、メモリに収まるかどうかだけで判断できない記憶媒体です。
さらに、読み込み速度が12000bit/secってホント?!誤表記?って感じがしますが、三洋のカセットデッキ技術は本当に素晴らしいものでしたし(他社にもOEM供給していたりラジカセで有名でした)、業務用磁気テープであれば可能なのかもしれません。
[追記] 右上のイジェクトボタンがTEACのMT-2そのものだという情報を頂きました。ありがとうございます。
デュアルギャップヘッドというのは、説明文からの引用ですが…
業務用の場合の外部メモリへのデータ記録には、そのデータが確実に記録されたことをチェックする機能を持った装置である必要がある。通常このチェックは、書き込んだデータブロック毎にその都度テープを戻し、このデータブロックを読み出してチェックする、いわゆるライトリバースリードチェック方式が行われている。しかし、この方法では、データの書き込み時間が通常の3倍になる。PHC-1000では、書き込んだ直後に別のヘッドで読み出してチェックをするデュアルギャップヘッドによるリードアフタライト方式を採用…
というものらしいです。
また、本体内蔵カセット以外に、外部にもカセットデッキが接続できるようになっていて、それぞれ別々に制御可能となっています。
本体内蔵ROMは4KBでBIOSとモニタモードを備えていたようです。BASICも提供されていたのですが、おそらくテープからの読み込み起動だと思います(4KBにBASICが収まらないのではないかという私の想像なので、もしかするとROM内にあったのかも)。
当時の資料ではBIOSという呼び方でではなく、スタートルーチンとなっています。その“一部”を抜粋します。
ルーチン名 | アドレス | 機能 |
---|---|---|
CI | F003 | コンソール入力 |
CO | F006 | コンソール出力 |
PLOT | F00F | カーソル移動 |
TOPEN | F012 | テープオープン処理 |
ERROR | F030 | エラー表示 |
16個ほどの、主に入出力系の機能が提供されています。なぜかカセットからの読み書きにはLOAD/SAVEとは別にTOPEN/TCLOSE/TREAD/TWRITEという機能があり、前者はファイルレベルでの読み書きに使えるようです。また、テープの巻き戻しにREWINDという機能があるのですが、早送りはありません。
モニタモードにはアルファベット1文字のコマンドがあり、RAMの読み書きやテープからの読み込み、プログラムの実行ができるようになっていました。珍しいのがテープの内容消去コマンドで、他のマイコンのモニタモードには無さそうです。(MZ系にはあったのかな?)
PHC-1000にはBASICが提供されていて、その名前も「SANYO BASIC」でした。後に発売されたPHC-25はPC-6001とBASICレベルでの互換があり、そちらはMicrosoft系ということになるのですが、PC-6001が発売されたのが1981年ですから、それ以前からSANYOのBASICは存在していたことになります。
SANYO BASICはANSIレベルのBASICに入出力系の機能を追加したものです。
ANSIレベル | DATA DEF DIM END FOR GOTO GOSUB IF INPUT LEFT NEXT ONGOTO OPTION PRINT RANDOMIZE READ REM RESTORE RETURN STOP |
テープ | OPEN CLOSE REWIND READ# WRITE# |
CRT | FIX SCROLL CLEAR FRESH KEEP PLOT FORMAT |
プリンタ | LPRINT(内部プリンタ) XPRINT(外部プリンタ) |
その他 | CALL POKE SET |
ライブラリ関数 | RND ABS SIN COS TAN SQR SGN INT HEX PEEK EXP LOG |
文字列関数 | LEN ASC VAL TAB LEFT RIGHT MID STR CHR SPACE |
スクリーンエディットが可能で、行番号と共に命令を並べていくという、由緒正しいBASICの記述方法です。変数名は2文字で配列は2次元まで、有効数字は11桁です。
資料によると、BASICの命令と実行系の命令が分離していたように読めます。実行系の命令とは、RUN,NEW,SET,STORE,LOAD,REW,DIR,LIST,LLIST,XLIST,DELETEです。行番号から記述するプログラムに、これらの命令を書いても意味が無いので明確に分けていたのかもしれませんし、気にせずプログラムに書くことも可能だったのかもしれません。
DIRはカセットに記録されいてるファイルの番号と名前とサイズを表示する命令で、この事から、カセットテープレベルのファイル管理システムを持っていた事になります。DELETEはファイルの削除ではなく、DELETE n,mで行番号nからmまでのプログラムを消すという機能です。
また、別の資料では、SCREEN,CASETTE,LINE,DIRECTといった命令もあったようで、編集モードの切り換えが出来たようです。
こうしてみると、1979年代の8bit CPUのBASICとしては高機能な部類だと思いますが、画面表示周りが弱いので、ビジネス寄りな命令が強化されたのかもしれませんね。
ところで、三洋から出ていたマイコンは色々あったようなのですが、あまり資料が見つからなく、今では会社自体もPanasonicの子会社となってしまっているのでレトロPC好きとしては厳しい状況です。三洋のパソコンは結構あって、1980年代のパーソナル向け/ビジネス向け/国内国外色々とざっと調べると、
PHC-10, PHC-20, PHC-25, PHC-30, PHC-33, PHC-35,(MSX) PHC-70(MSX2), PHC-77(MSX2+), PHC-8000, MBC-55, MBC-550(IBM互換), MBC-17J(AX), MBC-100, MBC-200, MBC-225, MBC-250, MBC-1000, MBC-1100, MBC-1200, MBC-2000 MODEL7, MBC-3000D, MBC-4000, PHC-3000, PHC-3100・・・と多種多様です。
また、ビジネス機器以外にもワープロ(最初のワープロはSW-3000「日本」という製品だったようです)や医療向けのパソコンも出していましたから、現状では全てを把握している人がどれだけいるのかどうか・・・という感じになりつつあります。