いわゆる更新記録(靖間 誠PC日記兼用)
西暦2003年11月−12月分
西暦2003年11月19日 “リカバリ”
17日朝に東京から帰還後、ここ2日程整理に手間取っていたが、ようやく一通り片づいたので更新日記を再開する。
東京で何やっていたかについてはまぁ、野暮なのでここでは詳しく書かないが、秋葉原での収穫物は以下の通り。
PL-Pro/II / Power Leap
CHANPONZERO2-PCI / 玄人志向
i・Sound V1 / EIZO
二週間もいてたったこれだけか、と言われそうだが、財政難の現状ではこれで精一杯(苦笑)である。
ちなみに、この他にはmoliceの人に、
PC-9821-K12 / NEC
GV-DVD/PCI / I-O DATA
UM-1S / EDIROL
等を貰ったり、PC-9800シリーズ用Cバスボード群を預かったりしたという話もある。
ま、何にせよ、色々刺激的な二週間であったのは確かである。
何しろ毎日の様に東京のあるエリアを歩いて回ったおかげで、その辺の土地勘が身に付いてしまった位だからなぁ・・・(苦笑)。
そういえば、この二週間の間に、JR東日本E231系・209系・211系、都営地下鉄5300系、京浜急行1000系・600系、営団地下鉄01系といった関東の電車に乗車する機会を得た。
で、一つ思ったのが、「関東圏では基本的に電車は人間を効率よく目的地まで輸送する機器でしかない」という事である。
流石に、京浜急行だけは日夜JR横須賀線との激闘を繰り広げているから、それだけでは駄目なのだという事を理解している様だが、他の各社はどれも似た様なレベルで、およそ潤いというものの感じられない車輛ばかりであった。
もっとも、JR東日本も初期の209系はやりすぎだと思ったのか、E231系では「安いが悪くはない」というレベルまで進化している様だから、じりじりとではあるがレベルアップの努力はなされているのだと思う。
問題は、あのバブル期に空恐ろしいクオリティ向上が実現してしまった近畿圏の電車(例えばJR西日本の207系)を見慣れた人間には、そのE231でさえ粗雑な紛い物にしか見えない(実際、ぱっと眺めただけでもやっつけ仕事に近い設計の部分が散見された)事で、今後関東圏の電車が「悪くはない」から「良い」にたどり着くには相当な努力が必要なのでは無かろうか。
まぁ、彼らにその気があるかどうかはかなり怪しいのだが(苦笑)。
秘密のお仕事で必要になったDATデッキ(DTC-57ES)とカセットデッキ(TC-K333ESL)を数年ぶりに倉庫から引っ張り出してきて使用しようとするも、DATデッキのメカデッキ部分が正常動作しなくなっている事が判明。
ADCとDACは正常動作している(おかげで仕事の役には立つ)ので、どうやら経年劣化でモーター周りかそれともヘッドか何かが正しく動作しなくなった模様(涙)。
これらは1991年に京都の某予備校の寮で暮らしていた頃に買ったモノ(DATはDATウォークマン(TCD-D3)で生録した講義を部屋で復習する際にノートの欠落を補う為に、カセットデッキはカセットテープで配布されたLL系教材を聴くために(最初はDATウォークマンしか持っておらず、カセットテープを聴く手段が無かった)購入した)で、購入から早12年以上が経過していた事に今更の様に気付いて愕然とした事であった。
恐らくここをお読みの方の大半はDAT録再機器を扱われた事は無いものと思うので念の為に記しておくと、DAT録再機はどれも非常にデリケートで、例えば私が購入した4台のDAT録再機の内、京都時代に購入した2台のTCD-D3(シリアル40587・954151)、中でも特に最初に買ったシリアル40587は連日12時間程度稼働させるという酷使が祟って僅か1年の間に10回近くもサービスセンター送り(上鳥羽口のSSに何度足を運んだ事か)となり、記憶しているだけでも2度ヘッドやローディングユニットを全面交換しており、その修理の間の代機として急遽追加したシリアル954151の方も使用頻度は低かったにもかかわらず同様の修理歴(こちらの場合、修理明細に「部品補充」という私の知る限り最も無様な修理内容が記載された事さえあった。つまり、量産過程でSONYはどんどん手抜きをしていた訳である。私がこちらを買ってからもシリアル40587を重用せざるを得なかったのはこの為で、シリアル954151は挙動があれこれ不安定で当てに出来なかった)、今回問題のDTC-57ES(自室ではポータブル機であらねばならない理由はなく、むしろポータブル機の負担を減らす為にはデッキが望ましい、という事で購入。思えば贅沢な話だが、バブルの余韻でそういう無茶が出来た)もこれまで何度もサービスセンター送りを繰り返しており、こちらもヘッドを1回交換しているという様な無惨な有様なのである。
そういう機械なので壊れていても、あぁやっぱりなぁ、とか思ったりする訳なのだが、15mm径のドラムヘッドのポータブル機で何故か正しく読めなかったDAT(太陽誘電の製品だった)が30mm径の大径ドラムヘッドを持つこちらのデッキでは正しく読めたりしたので、いざという時の事を考えるとこれが使えないのはかなり痛い。
周知の通り、DATはレコード業界の陰湿な策謀によってものの見事に葬り去られた訳だが、それはつまり今新規にDATデッキを購入しようと思うと大変なコスト負担を強いられるという事であり、しかも現行機として一般市場に残る機種はどれも性能的に中途半端であるから、それならいっそ中古市場で探した方がマシ、という話になる。
だが、前述した通りDATデッキはデリケートで中古は余程信頼できる店でないと安心して買えない代物なので、そうなると中古でも新品と大差ない値段になってしまったりする。
DATデッキを中古で求めるなら、SONYだとDTC-1500ES・-2000ES、パイオニアだとD-07Aあたりって事になるが、この辺の中古価格を見ていると、いっそ覚悟を決めてTASCAM DA-40(業務用デッキ)・-45HR(24bitレコーディング可能の業務用デッキ)・-P1(業務用DATデンスケ)とかSONY PCM-R500/2(同じく業務用デッキ)・-R700/2(やっぱり業務用デッキ。SONY伝統の4ヘッド搭載モデル)とかを買った方が幸せになれるかも知れない、などと阿呆な事を考えてしまう。
業務用として今なおデッキが製造販売され続け、Maxell等から業務用テープが販売されているという事実の示す通り、DATは放送局やスタジオでは意外と重宝され続けて(まぁ、主流はHDレコーディングに移った様だが)おり、最悪の場合はそこらに頼る事が出来る(テープそのものに限ればPC用のDDSテープも流用できる)、というのはDCCとかカセットテープ(今や高級メタルテープの入手は絶望的である)にはない強みではあるが、PCM-R500/2やDA-40で約17万、PCM-R700/2やDA-45HRで25万、というお値段(ラインナップ構成や価格帯から、この小さな市場でTASCAMとSONYが張り合っているのが良く分かる)を考えると躊躇してしまうのも確かで、幾ら膨大なDAT資産を抱え込んでいる身とはいえ、ちょっと考え込んでしまう。
・・・とりあえず、仕事が一段落付いたらDTC-57ESは分解して直してみる(既にメーカーの部品保有期間は過ぎてしまっているので修理に出せない)かなぁ(溜息)。
西暦2003年11月24日 “部屋の模様替え”
仕事が一段落付いたので、部屋の模様替えを敢行。
以前から使い辛いと感じていた机と壁の間の配線メンテ用空間の幅を5cmほど広げ、LDプレイヤー(LVD-Z1)・DATデッキ・カセットデッキ・ビデオデッキ(HV-V700)・FM/AMチューナー(ST-S222ESA)を含めた機器配置の最適化を図ってみた。
手持ちケーブルの有効長の関係であっち立てばこっち立たずの状況が多発したのだが、2,3の細かい不満はあるものの、取りあえず大まかには納得出来るレベルで再構築が完了した。
ちなみに最大の難問はSCSIケーブルの有効長で、長さの適当なケーブルはコネクタ規格が合わず(ASC-39160/AHA-3940UWDの外部コネクタ用高密度68ピン−汎用68ピンケーブルなんかどこに使うのやら)、コネクタ規格の適合するケーブルを繋ぐと長さがオーバーしてしまう、という有様で、結局スキャナをSCSIコントローラが2つ入っているPC-9821RvII26に繋ぐ事にして(オンボードSCSI万歳)誤魔化した。
また、S端子ケーブルも長さが足りない部分があって苦労したのだが、こちらは(見えれば良いというレベルで画質問題は棚上げ出来る事もあって)何とコネクタ規格が同じMacのADBキーボードケーブルで代用してあったりする(苦笑)。
これについてはそのうちちゃんとしたSケーブルを買わねばならないのだが、ひょっとするとレイアウトについてもう少し検討する事で回避出来るかも知れないので、ひとまず保留である。
これは余談だが、倉庫から持ち出して以後、LDプレイヤーが絶不調(ランダムにトラッキング不能に陥る)だった原因が今回の作業の過程で判明した。
この機会を捉えて筐体を開いてトラッキング調整とかを追い込んでみたのだがそれでは直らず、頭を抱えていたところ、机の上に何気なく置いたペンがやけに転がるのを見て漸く真相に気付いた。
何のことはない、部屋がボロで床が傾いていて、水平が出ていなかったのが原因であった(爆)。
西暦2003年11月26日 “遺失情報”
倉庫から出土した(ヲ)、今は亡きJusty(そういえば秋葉周辺を歩いていた時にここの看板の掛かったビルがあった(合掌))のJS-154という物理的なスイッチ切り替えによるCRT切り替え機にCRTケーブルを接続してみるも、何故かCh.C(この機械はA〜Dの4Ch.入力対応である)でしか信号が表示されず、ドツボにはまる。
で、さんざん悩んだ末、ケーブルの不良かと思って直接PC-CRT間接続すると信号が出る事から、漸く切り替え機の異常が原因と結論して中を開けてみたら、何とCRT出力とCh.Cの入力のコネクタが入れ替えてあった(爆)。
・・・・・・そういえば昔、ケーブル長がギリギリ足りなくてコネクタ位置を入れ替えたような記憶がある。
道理でCh.Cでしか信号が出なかった筈である(苦笑)。
で、速攻で本来の接続に復元して各PCとCRTに繋いでみると、当然というか正常に信号が表示された。
これはWindowsの高解像度画面では結構なピンぼけが発生するのだが、それでも前に持っていたノーブランド品に比べればかなりマシ(中の配線を眺めると、JS-154の方は15ピンD-SUBコネクタ外装部のGNDがちゃんと結線されていて(つまり切り替えスイッチにつながる15本+1本(この1本は切り替え機を経由せずCRTコネクタから放射状に各PC用コネクタに接続されている)で計16本の信号線が各コネクタに半田付けしてある。ちなみに外装のGNDは一般にケーブルのシールドと接続されているので、高周波信号のノイズ対策に効く)、これが画質差につながっている事が判明した)で、メーカー(潰れたけど)の目は節穴では無い事を痛感した(苦笑)。
逆に言えば、PCパーツショップとかで売られているノーブランドの安物切り替え機(ダイヤルをガチャガチャ回す奴)で画質が激しく悪い場合、この結線が省略されているならば自分で配線すれば多少はマシな結果が期待出来る訳である。
無論、電子式の切り替え機を買った方が遙かに良好な結果を得られるのは言うまでもない事だが。
ちなみにウチの場合、68やTOWNS程度の信号ならこれでも充分実用に耐えるレベル(直結の方が画質が良いのは言うまでもない)なので、当分はこれで何とかなりそうである。
西暦2003年11月29日 “Windows NT Workstation 4.0”
CRT切り替え機が使えた記念に(笑)、PC-9821As2/U8WにWindows NT Workstation 4.0をインストール。
今更486マシンにNT4なんか入れてどうする、Win9xで充分やん、という内心のツッコミもあったが、手持ち唯一のWindows 98の使用権は別の機械に使ってしまっているので自動的にWin 95かNTWS 4.0(ちなみにNTWS 3.51はH98に回している)、それともNTSV 4.0という事になり、流石にこの機械でNTSV 4.0はキツいし、Win 95は何となく厭、という事で斯くの如き仕儀と相成った。だが、するする進んだのはそこまでで、肝心のAs2へのインストールで色々トラブルが発生し、ここ2日ばかりかなり悩ませられた。
結局、CD-ROMドライブをSC-98IIIに接続して、
“Winnt /OX”でFDから起動してCD-ROMからファイルをインストールする設定でWindows NTを一旦インストール(当然ながらその途中でSC-98IIIドライバをインストール)し、続けて
Power Window 964LBのドライバを入れて再起動
→ServicePack 6a(フルサイズ)をMSのサイトからDLしてインストール
→Internet Explorer 4.0 SP2を手持ちのService Pack 5のCD-ROMから(デスクトップ拡張を有効にして)インストールし再起動
→Internet Explorer 6.0 SP1をインストールし再起動
→Intellimouse Trackball(シリアル接続)の為にService Pack 6aのCD-ROMから98シリアルマウスドライバをインストールし再起動
という順番でインストールすれば一応問題なく動作する事が判ったが、この結論を得るまでには何度もインストール作業を繰り返さねばならず、しかもこれだけでは済まない(アプリケーションのインストールはまた別の話である)訳で、これまでにかかった手間とこれから先にこなさねばならない工数の多さを思うとかなり憂鬱である。
まぁ、6年以上昔のOSを9年前のハードで今使うとなるとこんなものなのかも知れないが(苦笑)。
只、流石と言うか久々に拝んだPower Window 964LBの画は切り替え機を通してなお鮮烈で、ちょっとした感動を覚えた事であった。
西暦2003年11月30日 “December crisis”
月頭の東京行でDVD-RAMが書けなくなるという故障が発生して修理送りとなったGMA-4020Bの年内復帰が絶望的との連絡が入り、恐慌状態に陥る。
MTV3000W投入以来、1GBオーバーの巨大ファイルを扱うのが当たり前となった現状で、それらの巨大ファイルをバックアップ/待避する手段がこれから少なくとも1ヶ月以上得られないというのがどれ程恐ろしい事かは言うまでもなかろうが、それよりも何よりも、DVD-RAMを読み出す手段が一切無くなるのが実は一番困る事であったりする。
やはり、この種のドライブは同クラスのものを複数用意しておかねば安心して使えないという事か・・・(溜息)。
昔MOでも同様の事態に陥って大変な苦労を強いられたのだが、この時はMOというメディアの耐久性が抜群に高く、しかも2台目に買ったLMO-450H(1台目に買ったLMO-330は森瀬の人に長期貸し出しの後売却)が非常に優秀で酷使に良く耐えた為に以後そういった事態が発生する事は皆無で、故にその可能性さえ綺麗に忘却し果てていた。
あの頃のMOドライブの事を思うと今のDVD-MULTIというかDVD-RAMの読み書きはいかにもデリケートな印象で、正直あまりの脆弱ぶりに驚いている。
それはともかく、これで少なくとも来月丸々一杯はCD-Rでバックアップ可能なモノから優先的にバックアップを取ってHDD上から削除する以外には、「今そこにある危機」を回避する術は無いという事になる。
さしあたってはCD-Rドライブを用いて貴重なストックのCD-Rを喰い潰す形で、可能な限りのバックアップ/待避作業を行う事となろうが、その枚数や書き込みに必要な時間を考えると頭が痛い。
そう、12月危機はこれから始まるのだ。
西暦2003年12月3日 “Experiment”
試製3型1号、ひっそりと発進。
予め用意したスケルトンに2型のソースを流し込んで成形すればエエ、と思って書き始めたXHTML 1.0準拠・スタイルシートあり・JavaScript1.2必須の3型だが、色々考えていた事を盛り込もうとしたら結局新規に書いたのに等しい手間がかかってしまい、ここ二ヶ月以上ちっとも前に進まなかった。
で、この手の作業は複雑にすればする程ドツボにハマって前進しなくなるので、方向性というか各種ブラウザでの動作確認等が出来ればエエ、という考えで取りあえず出来た所だけを試製3型1号として試験公開する事にした。
要は辞めた会社で必要に駆られて覚えた(血涙)、割と面倒なhtmlやJavaScriptのスキルを忘れない間に自前のサイトにフィードバックするのが目的でスタートしたプランなのだが、こうして作業を進めている内に、いっそ全く別のコンテンツを用意した方が良いのではないか、とも思い始めている。
つまり、「新しき皮には新しき酒を」という事なのだが、果たしてそんなに上手く行くのかどうかは今のところ定かではない(苦笑)。
追伸。試製3型1号は2型トップページ右下にある「トップページへ」からどうぞ(苦笑)。
西暦2003年12月4日 “Feedback”
昨日公開した試製3型1号だが、早速後輩のM君から「サイズの固定はタブブラウザユーザーに優しくないです」とのツッコミが入った(苦笑)。
当方では、タグブラウザについてはmozilla Firebird 0.7やNetscape 7.1でチェックしていた(これらがこちらの意図に一番近い挙動をしている気がする)ので気付かなかったのだが、Sleipnir(IEコンポーネント利用タグブラウザ)では確かに表示に問題が出ている(汗)。
具体的にはWindowsを1024*768以下の解像度で使用の場合、SleipnirではY軸方向の表示サイズ不足でページの下の方が切れてしまう(スクロールも出来ない)というもので、個人的にはSleipnir側の問題の様な気もするのだが、今のところ上手い回避策が思いつかないのでサイズ固定を取りあえず解除。
この辺のブラウザごとの挙動差に対する対策は一人で調べるには限界があって、例えば現状ではMac OS関係はお手上げ(NN 4.0xとかIE 4.0とかはエミュ上でチェックできる(但し、XHTML1.0に対応して無いので今回は関係無い)が、要Power PCのブラウザは今の所OS Xが動くクラスの実機を持っていないので網羅的にチェックする手段が無い)だったりするのだが、その問題を解決する為に制定された筈のXHTMLでなお挙動差が問題になるというのは、それだけ根が深いというか奥の深い問題であるという事なのだろう。
それでも、NN vs IEの機能/シェア争いが激しかった頃の事を思えば大分マシになったとは言えるのだが。
PC-9821Ra300の標準ではWSS-PCMボードの挿してあるスロットから件のボードを抜き取り、代わりにChanpon3-PCIのSPDIFブラケットを取り付け。
当然Chanpon3-PCIに同梱のCバス変換金具を併用したが、ネジ穴の位置が合わなかったので変換金具のネジ穴を丸ヤスリでゴリゴリ削って広げ、当然そのままではネジが上手く締まらないので適当な大きさで適切な寸法の丸穴の開いたスペーサーを間に挟んで固定した。
この/M40を含むRa3xxやRa4xのWindowsモデルはBIOSの変更でオンボードのWSS-PCMや2nd SerialポートをBIOSレベルで無効にしてもWindows上のPnPからは見えてしまいデバイス表示でエラーが出てしまうという問題があるのだが、それさえ気にならないならChanpon3-PCIでSPDIFブラケット併用時に貴重なCバススロットを無駄にせずに済むこの取り付けパターンは悪くない考えであると思う。
そんな訳でRa300のCバススロットが1本開いたのだが、何を挿したものか現在検討中(苦笑)である。
取りあえず余っているPC-FXGAを挿してあるが、あるいは現在PC-9821RvII26に挿してあるPC-9801-87はこちらにこそ取り付けるべきなのかも知れない。
・・・そういえば、昨日の日記に書いたアレは「皮」じゃなくて「革袋」じゃなかったか?とか後で思ったのだがどうだったろう(苦笑)?
西暦2003年12月6日 “謎の挙動”
最近98DOSゲーにハマっているらしい(笑)M君の依頼で、メガドライブ用ジョイパッドのATARI 2ボタンパッド化改造工事を実施。
ATARIパッドのコネクタの信号配列は
1:FWD
2:BACK
3:LEFT
4:RIGHT
5:+5V
6:TRG1
7:TRG2
8:OUTPUT
9:GND
で、メガドラパッドのコネクタの信号配列は
1:DAT0(↑)
2:DAT1(↓)
3:DAT2(←)
4:DAT3(→)
5:+5V
6:DAT4(B/START)
7:SEL
8:GND
9:DAT5(C/A)
となるから、2ボタンのATARIパッドとして機能させるだけで良ければ6〜9番ピンの入れ替え(別にBがAに、CがBになって良いなら6番ピンは変更しなくて良いが、こうすると通常のATARIパッドとABの順が逆になる)で済む事が判る。
つまり、
ATARI− MD
6 − 9
7 − 6
8 − 非接続
9 − 8
とすれば3/6ボタンのメガドラパッドがC→A・B→Bの配列の2ボタンパッドとして機能する訳である。
ちなみにATARI側8番ピンをメガドラパッド側7番ピンと接続しないのは、上の配列表をご覧になれば容易にお解り頂けるものかと思うが、これをつなぐといわゆるチェルノブアダプタ状態となり、68で3/6ボタン対応のゲーム(それこそチェルノブとかストIIとか)をプレイする分には非常にありがたいがATARIパッドとしては正常動作が期待出来なくなる(MD側7番のSELというのはこれの信号がLowの時に6番と9番をAボタンとSTARTボタンとして、Highの時にはBボタンとCボタンとして機能させるというもので、非接続の場合はHigh固定となるから、これがATARI側8番のCOM(PC側からのデータ出力ポート。68では色々便利に使われた)とつながると当然に正しい動作を期待出来なくなる)。
従って、只の2ボタンパッドにしたいならば否応なしに非接続としなければならない訳である。
余談だが、TOWNSのパッドはATARI準拠なのに4ボタンを実現している。
これはどうやって実現しているかというと、絶対に同時押しのあり得ない方向キーの上下・左右のセットの同時押しをSELECT(上下)・RUN(左右)としてソフト側で検出している。
これを応用すれば同じく絶対にあり得ない方向キー3方向同時押し+4方向同時押しで方向キーだけでもあと5ボタン分追加できる筈だが、メガドラの6Bパッドの場合は互換性の問題もあってかSEL・DAT4・DAT5の3線の組み合わせで3bit 8パターンを確保し、その内検出できない000(何も押していない状態にこれを割り当てる)以外でABCXYZ+STARTの7つのボタンの操作を可能としている様(ところで68版リブルラブル付属パッドはどういう割り当てだったのだろう?)だ。
まぁ、メガドライブの場合、同じコネクタにマウスやマルチタップあるいはアナログスティック等が接続される(TOWNSも同様にマウスがつながるし、アナログスティックはそもそもX680x0がこの時期に先鞭を付けた)訳だからこの辺の割り当てはかなり苦労したと思うが、後でケーブル変換とかする方はおかげで大変である(苦笑)。
そんな訳で実際に3ボタンのメガドラパッドを中古屋で買ってきてさっさと改造し、68とTOWNSで正常動作を確認してからPC-9801-86ボードのATARIパッド端子に接続してみたところ、厄介なトラブルが起きた。
動作確認に使った懐かしの98版ハーレムブレイドや東方Projectの各98ゲーでは正常に機能していたが、6年程前(いや、もっと前か?)に東京へ出向いた際に秋葉の某同人ソフト屋で買った“でんぱ”(時代を感じるタイトルだな(苦笑))という落ちものパズルゲームでだけ、何故かキャラ選択画面に切り替わった途端に固まってしまうという現象が発生したのだ。
症状からしていかにもソフトのバグっぽいという事で、念の為に手持ちの純正6Bパッドを同様にATARI2ボタンパッドに臨時で改造して実験してみたのだが、何故か不思議な事に、こちらではちゃんと動く(汗)。
3B・6B共に改造に当たっては同じ配線パターンにしてある筈(導通チェックもした)で、他のソフトでは一切差が出なかったのに何故このソフトでだけ斯くの如き症状が出たのか、当分頭を悩ませそうである。
西暦2003年12月7日 “寿命”
昨日のパッドの動作チェックで2枚あるPC-9801-86をそれぞれ搭載している98、つまりRvII26とRa300で“でんぱ”その他の動作チェックをしている最中に、RvII26に挿している方の86ボードの挙動がおかしいことに気付く。
そこで慌てて電源を落としてスロットからボードを引き抜くと、配線パターンの一部を覆うレジスト層が焦げてめくれ上がっている事が判明した。
更に良く良く基板上を観察するとコンデンサからの液漏れの跡が発見された他、あちこちのレジスト層にヒビが入っていた。
このボードは薙澤君からPC-H98 model U105-300を貰った際に付いてきたものだが、どうも経年劣化で駄目になっていた様だ。
PC-9801-86登場から既に10年を経過し、初期ロット品についてはコンデンサの劣化が問題となりつつある、という話題を最近目にしたばかりで、よもや自機にそれが発生するとは考えていなかったのだが、こうして事が起こってみると各機に搭載されたマザーボードにおける同種の問題の発生が間近に迫っている事がひしひしと感じられ、実に恐ろしい。
まだしも部品の品質が吟味されていた時代に設計されたボードでこれなのだから、Windows95ブームの前後に製造された粗製濫造PCが製造から10年を迎える2004〜2005年頃にどういう事態が発生するのか、非常に気になる話ではある。
今後、古い国産PCのユーザーは、コンデンサ交換の為に必要な半田付けスキルの保有が必須条件として要求される様になる事だろう。
もっとも、その様な状況が発生する時期になるまでこの種の古典機が稼働状態に置かれ続ける事が良い事なのかどうか、あるいは基板だけではなく外部記憶装置、具体的にはドライブ類がそこまで保つモノなのかどうかは判らないのだが・・・。
で、問題の“でんぱ”だが、どうも私がconfigで間違った設定にしていたのが原因らしく(汗)、正しくJoypad-1に設定したら3ボタンパッドでもちゃんと動く様になった。
正常に動く事が確認出来た事は誠に喜ばしいし、この一連の作業の結果、86ボード1枚の焼損が判明したのも危機管理の観点で幸運な出来事であった訳なのだが、何かこう、釈然としないというか納得が行かないというか、心理的には余り宜しくない気分で一杯である。
まぁ、86ボードを少なくとも後2枚は購入せねばならない事が判明した訳だから気分が良かろう筈もないのだが・・・。
西暦2003年12月10日 “代品確保”
先日燃えたPC-9801-86の代品を購入。
今回買ったのは当然ながら前と同じPC-9801-86で、今回は当初計画通り2枚を確保し、その内1枚をRvII26に挿して残る1枚は予備とした。
この予備の1枚についてはPC-H98 model U105-300に回しても良いのだが、PC-H98の方は現在拡張スロット3本がPower Window 968・LGY-98-T・IFC-NN(この機種はPC-H98-B12相当のNESAバスマスタSCSIボード内蔵なので別に無理して挿さなくても良い様なモノなのだが、実はCバス接続のSMIT転送ボードの方がNESAバスネイティブ対応のバスマスタボードであるPC-H98-B12系より速い)で埋まっていてMPU-PC98IIやS-MPUを挿す場所が無いので(動けば)Wave Starの方が良いかも知れない、と考えている。
只、この件に関する一番の問題は、このマシンでその辺が必要になるようなシチュエーションが本当に発生しうるのか? という事の方の様な気もするのだが・・・(苦笑)。
そういえば訂正を一つ。
2003/12/6のこの日記で「COM(PC側からのデータ出力ポート。68では色々便利に使われた)」と書いたが、ATARI ジョイパッドポートは、7bitのパラレル入出力ポートである(中にはX1シリーズの様に5番ピンの+5Vまで信号に割り当てて8bit入出力ポートとして使える様にした機種さえあった。但し、このせいでX1系では連射機構などの+5V電源供給を要求する回路がパッドに搭載できなくなっており、この対策として電波新聞社のXE-1PROの様に、X1で使う場合に限って電池内蔵で連射可能とした製品が存在した)ので、データ出力限定ではない。
まぁ、メガドラの6ボタンパッドが6ボタンとして使える段階で出力専用では無い事に気付いても良かった様なもの(COMも入力に使えなければ3bit分の入力端子が揃わない)なのだが、書いた時はメガドラパッド改造に関するトラブル対策で頭が一杯で、うっかり見落としていた(涙)。
よって、この点についてお詫びし訂正させていただく。
西暦2003年12月12日 “3.3V PCI”
ジャンク扱いでメルコ(現BUFFALO)のLGY-PCI32-GTという1000Base T・100Base TX・10Base T対応のPCI LANカードを\1,200でゲット。
BROADCOMに吸収されたALTIMAのAC1002KPBなるコントローラを搭載し、物理的には3.3V/5.0V両用タイプで32bitバス対応のカードエッジコネクタを持つ製品で、今年の春頃に馬鹿みたいに安い値段で発売されて話題になった一品である。
当時私は64bit PCI対応のGbE(Gigabit Ethernet)カードにしか興味がなかった(爆)ので、これは結局買わなかった(98にGbEカードを搭載する際にも薙澤君からGA302とかいうカードを譲り受けたのでこれに手を出す必要が無かった)のだが、今回こうして機会を得て入手してみて、漸くにしてこれがとんでもない地雷であった事に気付いた(苦笑)。
・・・3.3V PCIバス専用で5.0V不可、しかも「32bit PCIバス専用です」ってアンタ、一体どんなマシンに挿せと?
私の知る限り、市販PCで32bitで3.3V駆動対応のPCIスロットを備えるのは、Power Macintosh G3のコードネーム“Yosemite”として知られるグループと、Power Macintosh G4の“YIKES”(PCI Graphicsモデル)と呼ばれるグループの2つだけ(しかも実際にはこれらはマザーボードの設計が殆ど同じで、実質的に1モデルと見なしても構わないだろう)で、これは元々AppleがAGP対応チップセット及びその対応ソフトウェアの開発を完了するまでの時間稼ぎとして設計した製品であった(AGPの代用として標準搭載グラフィックカード用の32bit 66MHz PCIスロットが実装されており、これが3.3V駆動だった。3.3V 66MHzとしてあれば大概のAGPグラフィックコントローラが流用出来る(無論DIMEやサイドバンドアドレッシングといったAGP固有の機能は使用出来ないが、この機種の他のスロットに採用された64bit 33MHzスロットと比べると、バスの帯域的には同等でも回路設計的には遙かに楽に済ませられる)し、グラフィックカード以外の物を誤って差し込まれる危険性も減らせる)から、PC/AT互換機をその対応機種とするこのカードの出る幕ではない(苦笑)。
これに対し、PC/AT互換機で3.3V対応のPCIスロットを持つ機種は? というと、ほぼ全てが64bit PCIバス(PCI-Xを含む)をサポートするサーバ/ワークステーション用で、これらの機種であれば素直に64bit PCIバスに対応するGbEカードを用意した方が遙かに良いパフォーマンスを期待出来るから、この市場では32bitバス対応品に大きなニーズがあるとは到底考えられない。
では、メルコは一体どこにターゲットを置いてこのカードを出したというのであろうか?
正直、それが私には判らない。
何故なら、32bit PCIバス専用でしかも3.3V専用でもあると宣言するという事は、即ちこの商品は一般市場で通用しない、と宣言するのに等しいからだ。
少なくとも現時点では、この条件のGbEカードに対する需要は64bit PCI対応のGbEカードに対するそれと比べてさえ大幅に少ない筈で、その様なカードをあたかも通常のPCに搭載可能であるかの如く扱い、更にGbEハブとセットで販売するなど狂気の沙汰に等しい行為である。
にもかかわらずメルコや販売店は平然とそれを行い、そうしてそれが社会問題化したという話も現れていない。
全く摩訶不思議な話である(苦笑)。
まぁ、何も考えずに5V PCIスロットに挿しても一応動いている(但し1000Base T動作時にはPCIバスの帯域を全て使い切ってしまう可能性が高く、逆に言えばそれでさえ全二重動作には全く不十分である)から、多分それが理由なのだと思うが・・・。
西暦2003年12月14日 “XP”
2日がかりでメインで運用中のAT新1号機のOSをWindows 2000 ProfessionalからWindows XP Professional(Service Pack 1)へ移行。
念の為に一旦別ドライブに新規インストールして、問題の出そうな各アプリケーションの動作状況を確認の上で常用してきたWindows 2000環境をアップグレードしたのだが、それでもトラブルが大量発生して1日に6回もインストール(当然常用中の物とは別ドライブでの話だ)する羽目に陥った。
正直、ここまで手間取るとは思わなかったのだが、それにもめげずに細心の注意を払いつつ作業を進めた結果、無事環境移行を完了した。
ちなみに移行に当たって最大の問題となったのは、ソフトウェアシンセサイザのS-YXG50(Ver.3)で、今回はこれをインストールすると必ずExplorerがトラブルを出してシェルがマトモに機能しなくなる、という因果関係の究明に大半の時間を費やす羽目に陥った。
無論、そうした地雷処理(苦笑)の為に別途新規インストールして動作チェックを行う訳で、その意味では今回のこれは無事本懐を遂げたと言っても過言ではないのだが、それはそれとしても大変な作業であった(苦笑)。
なお、例のAquaとか云うデスクトップ拡張機能はしばらく使ってみてお節介が過ぎると感じたので、事実上完全に殺してWindows 2000時代とほぼ同等のデスクトップ構成となる様に設定にしてある。
今頃何でまたXPに?? と言われそうだが、ここ暫くDVD-RAMやUSB 2.0、グラフィック周り、それにディスクキャッシュ制御の挙動でWindows 2000には細かい問題を色々感じていた事から今回の仕儀と相成った。
一つ問題があるとすればこのOS、PC-9821シリーズには非対応なので、こちらは例えどんなに問題を抱えていようともWindows 2000に依存せざるを得ない、というのが問題と言えば問題である。
もっとも、NTさえ移植されなかった他の国産PCに比べれば、それでもWindows 2000でサポートされているだけマシというものなのではあるが・・・(溜息)。
西暦2003年12月16日 “整理”
DVD-Rが焼けないので止むを得ず各HDDの内容を整理。
使用頻度の低いデータ系を中心に(CD-R等にバックアップ済みを確認の上で)削除・アンインストール・圧縮を実施。
特に巨大mpegファイルについてはGCA(幾ら圧縮率が高くても、まだβのDGCAは怖くてこういう用途では使えない)で圧縮したところ、こちらが驚く程の圧縮率を達成した。
それ自体は非常に結構なのだが、タスクマネージャのCPU使用率の履歴を見ているとCPU 1基分しか動いていないのはちょっと頂けない。
まぁ、アーカイバでスレッド分散は色々まずいのかも知れないが、このGCAの様に圧縮で空恐ろしい負荷をかけるタイプの場合は正直もう少しどうにかならないものかと思う。
そういえば一昨日入れたWindows XPだが、何かする度にExplorerがエラーを吐くのにちょっと辟易している。
この話を某IRCチャネルで話したら、同様の症状の話や、VC++がXP上ではマトモに使えない、等の反応が返って来たので、これはウチだけの話では無さそうだ。
で、結論としては細部に問題はあるもののWindows 2000の方がまだ信用出来る、という事らしく、これは当面XPと2000を併用しておいた方が賢明なのではないか、と思った。
そんな訳でWindows 2000をもう一度新規でインストールである(苦笑)。
ちなみにMSは不振のXPを売らんが為にWindows 2000についてセキュリティその他の修正で派手に手を抜く方針らしい(激怒)。
皆が何故XPに乗り換えようとしないのかの分析をマトモにすれば、こういったXPの不安定が重要な原因の一つである事は自明だと思うのだが、どうやらそっちの改善は等閑に付したままにしておいて(SP2はもうすぐ出るそうだが、最近出ている修正パッチの状態を見る限り、安定性向上は期待出来そうにない)そういう阿漕な真似に及ぶつもりらしい。
その事を知れば世間の人々がどう考えるものなのか、あの会社の首脳陣は本当に理解しているのだろうか?
それとも、これこそが1社独占の悪弊という奴なのだろうかねぇ・・・(溜息)。
訂正がまた一つ。
昨日某IRCチャネル(上のとは別チャネル)で病気療養中の薙澤の人(体調は大分良くなったらしい)から指摘されたのだが、14日の日記で「例のAquaとか云うデスクトップ拡張機能」とあるのは「例のLunaとか云うデスクトップ拡張機能」が正解である。
お詫びし訂正させていただく(謝)と共に、薙澤の人には感謝の意を表させていただく。
西暦2003年12月17日 “LOST FILES”
Windows XP再インストール・環境再構築作業の過程でメールデータフォルダを空データで上書きされるという事故が発生。
警告も無しにいきなりやられたのでしばらく茫然自失。
そこで呆然としていても始まらないのでバックアップのCD-Rを探した所、12/1に作成したバックアップファイルは発見された(大体月1回程度のペースでバックアップが取ってある)ので11月までのメールデータは復元出来たが、それ以降についてはバックアップが存在しないので手の打ち様が無い(血涙)事が判明した。
まぁ、直前にバックアップを取らなかった私が悪いという事で話はおしまいなのかも知れないが、そもそもメールデータフォルダを切り替える際に既存データを検出しようともせずにそのまま上書きするなどという阿呆な挙動をするソフトがあって良い物なのだろうか?
MicrosoftにはユーザーにOSのアップグレードを強制する様な阿漕な極道商売(そういえばこの事故発生直前に最後に受信したメールが、Microsoftからの2004/1/16付けでのWindows 98サポート終了の告知とXPへのアップグレードを推奨する内容のものであったというのは、全くもってひどい皮肉である)をする前に、少なくともこういう部分の信頼性や安全性(安全性というのは別にインターネットセキュリティだけの話ではない)を向上する義務がある筈だ。
アップグレード(これ自体そもそも非常に嫌な言葉だ)する度にこの種の事故が発生するのでは、誰だってOSアップグレードを嫌がる様になると思うのだが、どうだろう?
まぁ、何を言った所で2003/12/01〜12/17の間にこちらが送信し、あるいは受信したメールデータはもう2度と戻っては来ない(無論、送受信の相手の方が送付してくだされば別だが)。
この事は決して忘れまい。
深夜、漸くXP環境の再構築完了。
新規インストールで得られる環境の安定度は2000程では無いが2000→XP上書きアップグレードとは比較にならないレベル(それでも時々マウスカーソルが固まってCtrl+Alt+Delさえ効かない状況に陥る事がある)であり、その点は見直した。
只、それでもWindows 2000各バージョンに比べれば格段に動作が重く、Windows 2000が非常にバランスの取れた設計のOS(むろん以前からここで記してきた通り、細かい不満は色々あるが)であった事が痛感された。
さて、最後に今回の一件の反省から、メールデータは2,3日毎に別物理ドライブに用意したフォルダにミラーリングする事とした。
後、メールデータについてはバックアップを取る頻度も今後増やす予定であるが、これで問題が本質的に解決する訳ではないというのが何とも空しい限りである。
西暦2003年12月20日 “移転あるいは整理統合”
色々考えた末に、neweb側サイトを縮小して事実上廃止し、RetroPC.NETサーバ側にコンテンツを整理統合。
結局の所ミラーリングはメンテナンスが面倒というのが理由で、ついでにneweb側の容量が限界に達しつつあってこれ以上どうにも出来なかった(わざわざ費用をかけて容量増加を実施するのは合理的ではないと判断した)という事情も後押ししてこうなった。
一応ブックマークやリンクをなさっておられる方々の為に旧ページ所在位置に移転告知は置いたが、あちらのトップページは当面死守する予定なので、無理にリンクを移動していただく必要はない気がしている。
そんな訳で、今後この日記はRetroPC.NET側だけとなった。
恐らく、当サイトを繰り返しご覧いただいている方々の大半はWWWCなりWWWDなりでこのページの更新状況をチェックなさっておられるものと思うが、ご面倒でもチェック先をこちら側に変更いただくようお願いする。
西暦2003年12月21日 “経年劣化”
久々に、梱包して倉庫に置いていた(より正しくは父の命令で置かされていた)TS-3XR2(九十九電機製X680x0用3.5インチ3モード対応外付けFDD)を開梱し、ベゼル部分のプラスティックが黄色く変色しているのを発見して絶句する。
小倉→岡山にいた都合7年間、まるで変色の気配もなかったものが、たった3年倉庫に置いていただけでここまでひどい事になるものだろうか。
そういえば、と思い返してみると同様にしまい込んでいた(しかもこちらは1年程)ALPS純正のALPS DOS/V-KB Model KB001も滅茶苦茶になっていたし、こないだ漸くそこから救出したDATデッキ(DTC-57ES)やLDプレイヤー(LVD-Z1)も揃って故障(DATデッキはテープが全く読めない有様だし、LDプレイヤーは調整が狂ってピックアップが途中で追従しなくなる事がある)が発生していた事に思い至った。
どうやら、問題の倉庫(厳密には貸しビルの3階の1室。父のアトリエ兼用)の室温が、真夏には私の想像を遙かに超える温度に到達していたのが原因らしく、そんな場所に大切な機材を事実上放置しておかねばならなかった事を反省する事しきりであった。
まぁ、何を考えたのかこの辺の機材はよりにもよって部屋の南西側の壁沿いに並べられていた(その辺は父の采配である)から、夏の西日が直射する時間帯に温度が急上昇して劣化が進行したものと考えられるが、同じ部屋には大切な書籍・雑誌やCD-R類も段ボール箱に詰めて(こちらは北寄りに並べてある)置いてあり、その全ての中身の状態は未だ確認していないので、この辺も非常に心配である。
・・・という様な事を考えていたらちょうど父が通りがかったので倉庫の温度問題と機材故障の因果関係の話をしたら、さも当然の事の様に「何を言っているか、あそこは夏、無茶苦茶に温度が上がるのだぞ」と返された。
それが分かっていて、あんたはあそこに人の大切な機械を突っ込んでいたのか?
その思いが私の顔に出たのが読みとれたのか、父は不機嫌な口調で、「じゃ、どこに置いておけば良かったというのか」、と逆切れする始末であった。
・・・ああ、そうかい、そうかい。良く分かった。
こと機械の保管に関する限り、父はまるで信用出来ない事が明らかになった以上、これは最優先で事態の解決を図る必要がある。
・・・しかし、まさか父がここまで無神経な人間であるとは考えもしなかった事であった(溜息)。
自分のレコードコレクションは病的なほど神経質に管理しているというのにねぇ・・・(嘲笑)。
西暦2003年12月22日 “Windows 2000 on PC-9821As2/U8W”
ふとした事からPC-9821As2/U8WにWindows 2000をインストールしてみる。
Microsoftの公式見解ではWindows 2000のインストール可能なCPUの条件は、「IntelR PentiumR (インテル ペンティアム) 133Mhz 以上のプロセッサ または互換性のあるマイクロプロセッサ 」となっており、486SX 33MHz搭載で出荷され現状でもAm5x86-P75(AMD-X5-133ADZ)を搭載するAs2への搭載は完全にサポート対象外であって、事実Windows2000にInBoxドライバとして同梱されている各種デバイスドライバ群にもMLバスブリッジやPC-9801-86互換のサウンド機能等といったMate A標準搭載のデバイス類の為のドライバは基本的に収録されておらず、それどころかCバスSCSIボードさえ満足にサポートされない(サポートされるのはPC-9801-100位のものである)有様であるから、私はこれまでてっきりこの機種ではWindows2000が全く動かない(それ以前にインストールさえ出来ない)ものと思っていた。
だが、実際にはインストーラにCPUチェックによるインストール停止機能はなく、空恐ろしい時間をかけて所定のインストール作業が進行し、とうとうインストールが完了してしまった。
・・・何かしらんがインストールできちゃったよ。
流石に19200bps止まりだったシリアルポートはPnPで正しく判定されず(ドライバがないのだから当然だろう)、PC-9801-86相当のFM/PCM音源はそもそも一切認識されず、最後に試しにインストールしてみたCanopusのPower Window 964LB対応Windows NT 4.0用ドライバもMLバス−CPUブリッジドライバが存在しない事もあってか正常に動作しなかったが、それ以外のデバイスに関しては特に深刻な問題を出すこともなく、ごく普通に動作している(汗)。
まぁ、搭載プロセッサが激烈に遅い上に実装メモリ量も大した事がなく(それでも124MB搭載してある)、しかもSCSIボードが低速なPC-9801-100であるから果たして「普通」と称して良いものか否か迷うところであるが、とりあえずPC-9800シリーズ用の486マシンで(下手したらFPU搭載の386マシンでも)Windows 2000インストールが可能であった事はここに記しておく。
西暦2003年12月23日 “VISIO 2003 for PC-9821Xv13/W16”
後輩のM君から、Xv13/W16でVISIO 2003をインストールしたいのだが98ではインストール出来ません、といって蹴られます。どうすればいいでしょうか?という趣旨の相談を受ける。
VISIO 2003は98非対応です、の一言で終わらせてもエエ様な話だが、XP以降のMS製各種ソフトでは98非対応が一般化しているので、今後を考えると対応策を講じてみるべきかと思い、色々実験してみる。
要するにこれはDirectX同様に機種判定をしてPC-9800シリーズを弾いているだけの話(Windowsアプリケーションとして考えると速度面を別にすればOffice XP以降が98で動かない理由はない)なので、多分例によってGetKeyboardType関数で&HDで始まる戻り値を返す機種だけを排除しているのだろうと考え、VISPRO.MSIとSETUP.EXEをサーチしてみると、果たして予想通り両方に当該関数が使われていた(笑)。
そこで当初片方ずつバイナリエディタを用いて同じ長さで害の無さそうな関数(とりあえずIsWindowEnable)に置き換えてみたが、やはり弾かれ、最終的に両方を書き換えねばならない事が判明した。
SETUP.EXEはOFFICE系汎用の様だから両方でチェックする必要があったという事だろうが、それにしても面倒な話である。
もっとも、書き換え後は無事インストール出来たらしいから、その点は何よりであるが。
西暦2003年12月24日 “FM-R”
昨日書いた日記(↑)を読み返して、GetKeyboardType関数で弾かれるのは別にPC-9800シリーズ(及びその互換機)だけではない事に気付いた。
そう、富士通のFM-Rシリーズ及びその互換機(FM TOWNSを含む)が“FMR JIS Keyboard”(戻り値:&H50)と“FMR OASYS Keyboard”(戻り値:&H51)として定義されていた事を完全に失念していたのだ。
問題のVISIO 2003インストーラが果たしてこの関数による機種チェックでFM-Rを弾いているかどうかは知らない(そもそもOffice2003はWindows 9x系(Meを含む)とNT4.0(無論Windows 3.1以前やNT3.xも)を非サポートとしているから、先にそちらで跳ねられる気がする)が、それはともかくそういう機種でもWindowsが動作していた(Townsは3.1→95、FM-Rは3.1→NT 3.51が提供された)という長い歴史がこの関数には刻み込まれてるって事で(苦笑)。
なお、余談になるがこの関数には、他にAX・5576-001/002・J-3100といった“PC/AT互換機だけどPC/ATの標準から外れる”配列のキーボードも当然の様に定義されている。
クリスマスだからという訳ではないが、Windows NT 5.x系OS対応IBM 5576-002/003&AXキーボード用infファイル生成差分を更新。
詳しくは更新履歴をご覧頂きたいが、使い勝手を改善したのが主な変更点である。
正直、このアーカイブにどの位のニーズがあるか判らない(0ではない事は時折頂くメールで判る)のだが、ともあれこれで作成に当たって抱いていた当初目標はほぼ達成出来たように思う。
よって、今後メンテナンスする機会があるとすればWindows Server 2003でIBM 5576-002/003やAXキーボードが利用出来る可能性がある場合(本当にあるのか?)と、2000/XPで新しいServicePackが提供される場合位のものだろう。
まぁ、前者については確認したくともOSそのものの値段が高価に過ぎて手が出ないから、当分はどうにもならないと思うが・・・(苦笑)。
西暦2003年12月25日 “更新”
2型46号、一応竣工。
なんだかふざけた「今回のお言葉」(しかもうろ覚え)だが、ご容赦を。
主な変更点は“Graphic Acceralatorについての逡巡”へのWSN-A2Fの項の追加、“X680x0の記憶”の注解追補訂正、“ストレージコントローラー雑感”のSC-98IIIの項へのSC-98IIIP・IIISBに関する記述の追加、REX-PCI32・CHANPON3-PCIの追補訂正、“鉄道を巡る狂おしき感情”の“台車から見た下津井電鉄の車輛”について試製3型1号での変更を反映、そして“京阪電鉄野江駅にて”各ページの追補訂正など。
もしかしたら他にもあったかも知れないが、前回更新以降にいじったのは、今覚えている範囲では昨日のinf差分関係を除けばこの程度である。
倉庫からLD何枚かとケーブル類を救出。
LDは「バロン」・「バンデットQ」・「フィッシャー・キング」のテリー・ギリアム3作と、「怪談」(小林正樹監督作品・クライテリオン版)、「SF サムライ・フィクション」、「紅い眼鏡」、「仮面ライダーアマゾンVol.2」、ルパンIII世 劇場版1・2作目、「BLACKMAGIC M-66」、「グッドモーニングアルテア」それに「県立地球防衛軍」の合計11タイトル。
何だか滅茶苦茶な組み合わせだが、出て来た順に救出したらこうなった(苦笑)。
ちなみにケーブルの方は68のMIDIインターフェイスボード(SX-68M II / SYSTEM SACOM)の専用変換ケーブル(このボードのMIDIケーブルコネクタはミニDINで、他のMIDI機器とつなぐには通常のDINコネクタ付きMIDIケーブルに加えてこの変換ケーブルが要る)2本と2列15ピンのRGBケーブルで、当然ながら前者がメインの探索物である。
LDについては大物(メロウリンク・ナデシコ・エヴァ・コブラの各ボックス)が残っているので大変であるが、それにも増してやっかいなアンプにディスプレイもまだある訳で、この辺の問題が最終解決するまで延々と日参(当分はしても仕方ないが)せねばなるまい。
西暦2003年12月26日 “Over Giga Byte”
薙沢の人から譲受したDIMM 4枚を挿してAT互換機新1号機のメモリ容量を2GBに増量。
流石に一気に4倍増となると快適で、512MBという容量が“たった”という言葉で認識される程度のものに成り下がっていた事を痛感した。
メモリ容量に関しては既にちょうど3年前の2000年12月(あの頃は厄介なIntel 840+MRH-Sを搭載したSUPER PIIIDMEを使っていた)に一度1GBに到達していたのだが、当時は動画編集など行わず、またDVD系バックアップドライブを持っておらず巨大ファイルのバックアップなどハナから諦めてかかっていた為にGCAによる巨大ファイル圧縮も行わなかったし、更に言えばOSがWindows 98・NT4.0・2000の共存期で今とは比べ物にならない位軽かった(確かInternet Explorerがまだ5.0の頃で、これも今よりは軽かった)から、すぐに512MBに削減していた。
それから3年を経て2GBに到達した訳だが、その間OS・アプリケーション共に肥大化の一途を辿って512MB程度ではどうにもならない(常に300〜400MB程度は実メモリが消費されていて、ページファイル書き出し分を合わせると600MBを超える)所まで到達しているから、今後1GB以下に逆戻りする事はまずあるまい。
メモリと同じく薙沢の人から譲受した電源ユニットをやはりAT互換機新1号機に搭載。
ブツはNipronのPCSA-470P-E2Sで、今時珍しいMade in JAPANで470WのSSI EPS 12V電源である。
SSI EPS電源規格とは何ぞや? と仰る方にはJo Kubota氏のHighend FunSiteをご覧頂きたい(あそこの“Special Contents このサイトの過去記事”の“電源規格の謎を追う”その他を参照のこと)が、要するに8way以下のサーバ・WSを対象とするATX 2.01上位互換の電源規格である。
これは今後(謎)を見据えて調達に及んだものなのだが、現用中のTiger MPXに接続するには色々難があって、そもそもMain PowerSupplyConnectorに含まれる4ピンの拡張部分が隣接するコンデンサ等と干渉して物理的に接続不能(これはATX用延長ケーブルを介する事で解決した)で、更にATX 12Vコネクタの上位版であるEPS12V P2 Processor PowerConnectorも同様の事情で直接接続不可(こっちは素直に諦め、汎用の5/12Vコネクタケーブルから変換して給電するようにした)という有様であった。
一応どうにかクリアできたからそれでOKという事にしているが、これまでのSP401-RAに比べて給電能力に余裕が出来、加えて多少動作音が低くなったので、その辺については満足している。
もっとも、SP401-RAはやはり給電能力に不安があったPC-9821RvII26(現在サーバとして運用中)に回したので、騒音については前と大差ないのだが・・・(苦笑)。
西暦2003年12月27日 “世代差の厳密性”
メモリ・電源と同じく薙沢の人から譲受した(こればかりか、と言わない様に)ST318438LW “Barracuda 36ES2”をPC-9821Ra300に搭載。
以前36GB版*2を使ってみて速攻で売却したのと同シリーズの18GB版だが、18GB版という事に価値がある(この辺が98ユーザの辛いところではあるな)ので譲受したものである。
これまでRa300には同じく7,200rpm級のDNES-309170“Ultrastar 18ES”を積んでいたのだが流石に世代の差は歴然としており、交換後はWindows 2000(当然新規インストールした)のレスポンスが大幅に改善されて動作音も非常に静粛になった。
DNESは昔(この日記の“過去の更新記録”で西暦1999年10月17日の項を参照のこと)サークルの後輩のU.Y.嬢のFM-Vに搭載してその高速さに驚いた一品だが、その後CheetahシリーズやらAtlas 10k IVやらを触るようになって感覚が完全に麻痺してしまった(苦笑)せいもあってか、最近は低速ドライブとしか認知しなくなっていた(合掌)。
この辺のハードディスクの世代による性能差というのは本当に残酷で、回転数が同じでもプラッタ密度向上で枚数がどんどん減っている(DNESでは9GBで2.5枚使っていたが、ST318438LWでは18GBなのに0.5枚(つまり片面だけ)しか使っていない)ので当然に転送速度は大幅向上しており、内部転送でDNESが159〜244MBits/sだったものがST318438LWでは434〜500MBits/s(共にメーカー公称値)と倍速(無論他の要素もあるので一概に言えないが、単純に考えてもプラッタ密度10倍でシーク速度が大幅向上するので、倍速というのは控えめな数字である)以上になっているから、これはもう同じカテゴリで比較するのはかわいそうなレベルの話である。
ちなみに同じIBMの前世代モデルであったDDRSのデータシートを見るとプラッタ枚数が5枚(9GBモデル)で内部転送108.6〜171.1MBits/sとあるから、DDRSと比べて格段に高速化した、という4年前の印象は勘違いではなかった訳である。
世代差が厳しく性能に反映されるのは知っていたが、それにしてもこれほど響くとは思わなかった事であった(苦笑)。
今更DDRSやDNESを購入される方というのは多分かなりの物好きな方だろうしこの辺は恐らく先刻ご承知かと思うが、型番の違いがこれ程までの性能差をもたらす事は再確認しておかれた方が良いのではなかろうか。
なお、余談になるが現行のOver 10,000rpm級だと内部転送がAtlas10k IVで公称820MBits/s(ピーク値?)、Cheetah 10k.6で475〜841MBits/s、Cheetah 15k.3で609〜891MBits/sとなっており、ピーク値で見ると7,200rpmのST318438LWが頑張っている(回転数が倍以上の15k.3と比べて55%の値を叩き出しており、しかも上下の変動幅で言えば最も振幅が少ない)事と、Cheetah15k.3が意外と性能が出ていない(諸要素が絡むので難しいが、10k.6やAtlas10k IVの値から類推するとピーク値が期待するほど伸びていない)事が判る。
無論、15k.3はその化け物じみたシーク速度にこそ価値がある訳だが、こうしてみるとCheetah 10k.6・Atlas10k IVクラスはコストパフォーマンスが結構良い(ATAドライブと比べるなかれ)という事になるなぁ(苦笑)。
そういえば訂正というか追加を一つ。
12/25に書いた倉庫からの救助LDだが、大事なのが1枚抜けていた。
何かと言えば、“ZABADAK/LIVE”も持ち帰っていたのを忘れていたのだ。
まぁ、どうでも良い話だと言えばそうなのだが、一応追記しておく。
西暦2003年12月30日 “超硬UVGUARD”
増大し続けるデータのバックアップ用にDVD-Rメディアを購入。
それだけなら今更書く程の事ではないのだが、今回こうして特に記するのには理由がある。
何となればその購入メディアがTDKの最新作、超硬(スーパーハードコート)のUVガード版(型番で言えばDVD-R120HC×5F。詳しくはここを参照されたい)だからだ。
TDKの自社生産メディアの優秀性についてはここで私がくどくど書くまでもないと思うが、ここ1年ばかり同社(厳密にはその販社であるTDKマーケティング)はDVD-Rメディアについて自社生産品の比率を落として太陽誘電のOEM品を大量販売していて、しかもどれが自社生産品か判別が付かなかった(末期の同社ブランド国産CD-Rメディアも同様の状況を呈していたが、こちらはモデルごとに厳然たる区分が存在していて容易に判別できた)為、本当にごく少量が供給された超硬の初代モデルを除き、とても安心して買えないという状態が続いていた。
DVD-Rメディアについては現時点では国産のMaxcell製を買えばまず外れはない(私は保護貿易主義者ではないのだが、それでも、例えどんなに安くとも粗雑な台湾製は買うべきではないと考えている。何故なら、悪貨が良貨を駆逐するという、CD-Rメディア市場を襲ったあの悪夢の様な状況の再来を防ぐには、現状ではそれ以外の方策は存在しないからだ)のだが、カセットテープ時代からのTDK製品愛用者であり(カセットテープ・フロッピーディスク・DAT・ビデオテープ・MO、それにCD-Rと私が必要とするそのジャンル/カテゴリにTDK製品が存在した場合は殆ど例外なく同社製品を買っている。無論、Maxcellや富士フイルム(AXIA)等の国産他メーカーの製品も大量に買ってはいるのだが)、しかもあの素晴らしい品質の同社千曲川工場製CD-Rメディアが忘れられない私としては、やはりTDK自社生産メディアを買いたいのだ。
そう思っていた折、たまたま行きつけの書店の周辺にあった深夜営業の雑貨チェーン店でこの2世代目「超硬」が販売されていたので今回購入に及んだものであるが、Maxcell製で5枚Packが\1,500前後で販売されている昨今の情勢では、いかに素晴らしい付加価値があるにせよ、5枚で\2,480(税抜価格。但しVideo用)という価格は少々厳しいのではないか、と思った。
だが、帰宅後パッケージを開いて中を見た瞬間、その思いは吹き飛んだ。
・・・理屈抜きにイカす。
紫外線対策で黄色に着色された基板のおかげでまるで往年の金反射層CD-Rメディアの様な色になった(苦笑)記録面の美しさや、シンプルながら美しくしかもさり気なく良く考えられたレーベルデザインはいつも通りのTDKクオリティであるし、張り合わせ用樹脂のはみ出しが多少気になったが下手に研磨加工されるよりは余程マシ(芯出しを余程厳密にしないと研磨加工は偏心の原因になる恐れがあり、非常に危険である)で、何よりセールスポイントである超硬コーティングは確かに傷付きにくく表面を清掃しやすい(データ記録後にちょっと無記録の外周部で実験してみた)から、長期保存を考えるとこれは最良の選択たりうるのではないかと思う。
こう書くと、お前はTDKの回し者か? と言われそうだが(苦笑)、良いものは良いので、懐かしのマ・クベ大佐風にこう言って締めくくっておこう。
これは良いものだ〜!
そんな訳で(どんな訳だ?)、色々ロクでもないこともあったが本年の更新日記はこれで終了である。
それではみなさん良いお年を。
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