井原鉄道IRT355の印象


はじめに

井原鉄道IRT355-101(左)・-01(右)

開業前の撮影なので、車庫の時計が12時を指したままである。


 平成11(1999)年1月11日午前11時11分11秒、遂に井原鉄道が開業した。

 1922年4月11日に法律第37号として公布された改正「鉄道敷設法」に1953年になって追加された「岡山県総社付近ヨリ広島県神辺ニ至ル鉄道」を法的根拠とする国有鉄道吉備線延長線に由来するこの鉄道は、日本鉄道建設公団によるいわゆる公団AB線として1967年3月31日に実施された井笠鉄道神辺(井原−神辺)・矢掛(北川−矢掛)両支線の営業廃止を待ち構えていたかの様に同年7月に着工されたものの、国鉄再建計画の進展に伴って不採算路線として1980年度以降建設計画が凍結され、国鉄分割民営化後の1986年12月に岡山・広島両県を始めとする沿線地方自治体が主体となって出資して設立された第三セクターである井原鉄道株式会社が設立されて工事が再開されるまで実に6年以上に渡って放置されていたという経歴を持っている。

 つまりこの「今世紀最後の国内新規開業鉄道線」は、同様に岡山県内に路線を敷設する第三セクター鉄道線である智頭急行(こちらは鳥取県が主体となって岡山と兵庫の両県が参画する)と設立時期が同時期であったにもかかわらず、用地取得上のトラブルや資金調達上の問題などによって開業がずれ込んでしまった、正に「遅れて来た」鉄道なのである。

 その間の32年という時間は、文字通り当線に道を譲って廃止された旧井笠鉄道線の沿線住民にとっては余りにも長過ぎる歳月であって、その間の平行する国道や県道等の整備とモータリゼーションの進展に伴う彼らの公共交通機関離れを考慮すれば当初より経営的に苦しい状況での推移を見込まれての出発とならざるを得ず、しかも先行開業した智頭急行が中国山地を縦貫する陰陽連絡の大幹線として期待以上の成果を上げつつあるのとは対照的に、全区間がJR山陽線に平行する形で走るが故に全線を直通する大規模な輸送需要は望めず、なおかつ沿線に集客力を期待出来る観光資源も産業も持たない当線の場合、余程の覚悟を持って経営に臨まぬ限り早晩破局を迎える事となろう。

 では、それを回避するには何が、どの様な施策が求められるのか?

 筆者は、1998年8月に中国学生鉄道研究会連盟(中鉄連)の総会が岡山で開催された際に実施された、未開業の時点での井原鉄道車輛基地見学会において、この事を念頭に置きつつ車輛や施設の見学を行った。

 以下に記すのは、この時見学した真新しいIRT355形気動車の、この観点に立脚した個人的な観察と考察の記録である。


概要

 井原鉄道がその開業に当たって準備した車輛は、0番台の一般型10輛+100番台のイベント対応型2輛で構成される合計12輛のIRT355形と呼ばれる気動車で、建造時点での新潟鐵工所製軽快気動車=NDCシリーズの最新モデルである。

 これは、全国の旧国鉄地方交通線から転換した第三セクター鉄道に大量に納入され、遂にはJR西日本向けにキハ120形として制式採用されさえした、各部の設計を可能な限り規格設計する事で量産性の向上=低コスト化を実現したベストセラー気動車シリーズのバリエーションの一つであり、構造的には先行するJR西日本キハ120の車体長を引き延ばした様な18m級軽量ステンレス車体に形式名の由来となった定格出力355psのSA6D125H-1Aと呼称される直噴6気筒のディーゼル機関を装架し、明らかに高速安定性を重視した様に見受けられるボルスタレス空気バネ台車(新潟鐵工所NP131D(動力側)およびNP131T(非動力側)。他にも数社で使用実績がある由である)を履いた、この種の第三セクター鉄道向け気動車としては相当に高級な仕様の車である。

 この種の第3セクター鉄道向け気動車は、大別してレディーメード設計による新潟鐵工所製NDC、富士重工製LE-Car→LE-DC、それに日本車輌製造等による一品物の3種に分類出来、実質的に地元の重要な得意先であるJR東海等から発注されたので仕方なくこの種の軽快気動車を生産しているに過ぎない日車を除けば、実質的にNDCとLE-DCの2大勢力がシェアを争っている状況にあった(現在は周知の通り富士重工の鉄道車輛製造からの撤退・新潟鐵工所の倒産を経て、これらは事実上石川島播磨重工傘下の新潟トランシスに集約されている)。

 一般的には同カテゴリと認識されるNDCとLE-DCであるが、その源流を初の直噴機関搭載車として旧国有鉄道最後の新規設計系列による制式気動車となったキハ37形に持ち、三陸鉄道36形以降順次トップダウン方式で量産規格設計化が進められたNDCと、その出発点を南部縦貫鉄道キハ101や羽幌炭鉱鉄道キハ11に置き、バス部品を極力流用する方向からボトムアップ方式で開発が続けられて来たLE-DCでは性格が似ている様でいて実はまるで異なっている。

 それは、外観にも良く現れていて、NDC系統がよく言えばがっちりした、悪く言ってしまえばごつ苦しいデザインであるのに対し、LE-DCは軽快な、言い方を変えれば非常に危うい位華奢なデザインに見える。

 その意味で言えばこのIRT355は非常にどっしりとした、いかにも堅牢そうな造形であって一目でNDCに属する事が見て取れるが、井原鉄道が車輛調達の公開入札時にLE-DCを退けNDCをチョイスしたのは別にこの頑丈そうな設計を重視したものではなく、純粋に入札価格の優位性で判断が下された由であった。


(左)JR西日本キハ120 300番台 (右)IRT355 100番台及び0番台

貫通路上部周辺の造形と灯具の取り付け高さを除き、前頭部の設計が基本的に共通である。


 筆者が当形式の竣工直後に各種鉄道雑誌に掲載された写真を最初に見た時には、前述のJR西日本キハ120を単純に16mから18mへ車体長を延伸して便所を取り付けただけの安易な設計の車である様に見えたのであるが、いざ実際に間近でこの車輛を観察すると、実はその細部設計についてはキハ120とはまるで異なる物である事が良く判る。

 無論、初めての地元新規開業鉄道向け気動車という事で若干色眼鏡がかかっているであろう事は否定しないが、車体長が16mで短躯のキハ120の場合、第二次世界大戦前に建造された鉄道省キハ40000がそうであった様にどこかしら縮こまった印象があるのに対して、同じ車体断面でも全長が2m延伸された当形式の場合それだけで均整が取れて見え、実際の構体設計や艤装についても随分余裕を持ってデザインされている事が判る。

 実際、キハ120の場合曲線通過時の転向性向上と床下スペース確保の意味から台車(WDT-53/54)の軸距が一般的な台車よりも短く(1900mm)デザインされ、台車そのものも極力コンパクトにまとまる様な設計が施されている訳であるが、これに対し便所回りを除けばキハ120と搭載機器量に差が無いにも関わらず2mの車体延伸で空間に結構余裕のあるIRT355の場合、110km/h運転時の高速安定性の向上を企図して軸距の長い(2100mm)ボルスタレス台車(NP131D/T)が奢られており、外観上非常に伸びやかな印象を与える事に成功するだけでなく、乗り心地の点でも格段の差が生じている。

 なお、この台車の原形となったと考えられるDT-58は、新潟鐵工所と富士重工が供給したJR東日本キハ110系に採用された台車で、これ自体はそのルーツを国鉄DT-50台車(分割民営化前後に建造された車輛群に大量使用された廉価で優れた設計のボルスタレス台車。本来は205系電車向けに設計)に持ち、プラットホームの低い地方幹線で使用する前提で床面を極力下げる事と、乗り心地そのものの改善を企図して、側枠枕バネ部を屈曲させて揺れ枕となる空気バネの取り付け位置を引き下げた形状に特徴がある。

 この辺について開業前の車庫見学時に「何故キハ120と同系統の台車にしなかったのか?」と井原鉄道の方に質問したところ、「110km/h運転を前提にするとこれ位しか適当な台車が無かった」との返答であった。

 無論、最高速度95km/hで設計されている筈のキハ120のWDT-53/54台車を採用するのは乱暴の極みであるから論外として、聞けばこれの軸距を延伸してパーツ共用を図った台車を新規設計する位ならば、多少コスト的に高く付いても実績のある既存設計台車を流用した方が結果的には安くつく、という事なのだそうで、他の部分についてもそういう方針で設計されたらしい。

 実際、DT-58は本来急行や特急(秋田新幹線建設に伴う改軌工事の際に運転された「秋田リレー号」への充当は記憶に新しい)に運用される形式に装着するという事で、乗り心地や高速安定性に相当気を使って設計された、それなりに高性能だが高価な台車であるから、110km/h運転を実施する関係で高速運転時の安定性を要求する井原鉄道線のオーダーに対し、軌道条件を勘案して多少の改設計を施した上でこれを流用したというのは、新規設計の手間や実績などの面から言って妥当な判断であろう。

 また、その点を理解した上でこのIRT355を観察すると、要所要所でこれまで新潟鐵工所が各地の鉄道に供給したNDCと同一の設計を流用していて、この種の気動車では珍しく高速運転に特化した設計であるにもかかわらず、この形式専用設計の部分が殆ど存在しない事に気付く事だろう。

 ただ、勘違いしてはならないのだが、幾ら既存設計部品の流用によって低コストで済ませてあるとは言っても、その設計は実質的に新規開業の鉄道専用という事もあってか、前述の台車に見られる様に意外な程に先進的且つ高級志向でまとめられており、JRの在来車とは互換性がないが応答性能に優れた電気指令ブレーキの採用を始めとして、乗り入れ先であるJR西日本がこの時期その導入に二の足を踏んでいた(その後キハ187系などで一気に全面採用された)最新機器が多数搭載されている。

 ここで在来車との互換性を捨てて電気指令ブレーキを採用したという事は、JR線に乗り入れた際にJRの在来型気動車と併結運転する事が不可能であるという事でもある。

 この点についても確認を取ったところ、「通常、JRの車輛との併結は考慮していない」由であった。


井原鉄道IRT355-101前面下部

101特有の「宝くじ号」表記と、連結器を挟んで左右に同じジャンパ栓や空気管が配された、両渡りのレイアウトに注目。


 但し、それでも直通予備ブレーキは搭載されているから緊急時の連結による回送だけは可能な仕様となっている。

 この車輛に採用された電気指令ブレーキシステムは、電車向けでは1968年の大阪市交通局30系への大量採用以来一般的に使用されてきたものであるが、在来車との互換性が何より重視されてきた(そのため、在来システムと互換性の無い新ブレーキシステムを採用したキハ90・91形にはブレーキ読替装置が装備されていた程であった)国鉄気動車では当然採用されず、1988年に登場した前述のJR東日本キハ110及び一般型のキハ100、それにJR四国1000形あたりが最初期の使用例という事になる。

 こういった機器面での仕様の共通性を考える限り、IRT355はその車体デザインこそNDC標準仕様という事でJR西日本キハ120との類似性が強いが、ブレーキシステム、エンジン、それに台車といった足回りのコンポーネンツの選択を見る分には、実はJR東日本キハ110系に酷似している事が伺えよう。

 それは、新潟鐵工所の所在地がJR東日本のエリア内にあり、キハ110の運用データのフィードバックを受けやすいという立地条件にも影響があろうが、110km/hで運行可能な軽快気動車という発注条件に対して新潟鐵工所の技術陣がまずキハ110系を念頭に置いたであろう事は想像に難くない。


接客設備など

 ハードウェアとしてのIRT355についてはこの位にして、次は接客設備、つまりIRT355で直接乗客に関わる部分について見てみるとしよう。

 井原鉄道で注目に値する点として、身体障害者や高齢者等の交通弱者に対するバリアフリー施策の徹底がある。

 これは今後交通弱者をこそ積極的に取り込まねばならない、公共交通機関としての鉄道の置かれた立場を考えれば当然の事だが、この種の構想は既存の鉄道ではその施設や車輛に対する巨額の投資を必要とする工事の実施が要求される事が多々あって、その実施の必要性が叫ばれつつもなかなか進まないというのが実状である。

 その観点で見た場合、井原鉄道の開業がここまで遅れた事は正に不幸中の幸いと言うべきで、開業に当たって準備された施設・車輛の全てに渡ってこの種の施策の理念を浸透させる事が出来ている。

 それは車輛においてはまずステップレスのフラット設計となった床構造に現れ、続いて車椅子固定スペースの設置や車載トイレの身障者対応化といった部分に結実している。

 また、当形式の乗降扉がキハ120の様な折戸ではなく、車椅子の通過に充分なだけの開口幅を確保でき、しかも車輪に対する引っかかりの少ない引き戸となっているのもこの為で、各駅に対するスロープ設置の徹底やホーム高さの打ち上げ(ステップレスの前提条件)共々、井原鉄道が来るべき時代を見据えて必要不可欠となる設備投資を惜しんでいない事が伝わってくる。

 設備投資といえばこのIRT335の車体には新規開業鉄道らしい工夫が2つ程ある。

 1つは、検査時に備えて車体をジャッキアップする為の支持座が車体の四隅にさりげなく用意してある事だ。

 これについても車庫見学の際に庫内に設置された4基の油圧ジャッキを見せて頂いて納得したのだが、これを用いる事によって狭く作業の辛い埋設ピットに潜り込まずとも、車体側を持ち上げる事で床下機器の検査やメンテナンスが比較的容易に行える様になる訳で、整備の作業時間の短縮や検修スタッフの負担低減に繋がる、つまりは会社の経費削減に繋がる優れた工夫である。

 この種の油圧ジャッキによる車体持ち上げシステムはヨーロッパでは結構古くから用いられている様であるが、我が国においては地上施設と車輛の双方に対策が必要という事で身障者対策同様、既存鉄道ではなかなか取り入れにくいシステム(東北・上越新幹線開業時に新規導入された他、網干総合車両所開設時に設置するなどJR西日本はその導入に積極的である)であり、井原鉄道は後発の強みをフルに生かしているという事になろう。

 2つ目は、便所の車載である。

 JR西日本のキハ120では一律切り捨てとなって大問題となった便所の設置だが、流石に営業距離の長い当線ではありませんで済ませる訳にも行かず、最新鋭の真空吸引式和式便所が搭載されている。

 これは黄害対策としては今の所最善かつもっともコンパクトなシステムであり、更に水回りを循環式とする事でシステムのサイズは我々が想像するよりもずっと小さなユニットにまとめられている。

 実際、当形式の場合身障者対策という事で便所そのもののサイズは通常よりも大柄になってしまっていて、全長18mの車内では結構目立ってしまうのだが、床下に出ている便所関係のモジュールのサイズは非常にコンパクトで、過去の車載式循環処理装置のサイズを想像すると見落としてしまいそうな程である。

 余談になるが、この便所に関する質疑応答に際して「キハ120にこの種の便所を積めないものなのだろうか?」と問うた所、「不可能ではないが客室がやや圧迫されるだろう」との返答を得た。

 考えてみれば同じJRでもJR東日本がキハ120に先行して生産配備を進めているキハ100系の場合、原則的には便所が標準装備(但し2輛ユニットで使用するものについては1輛にしか積まない場合がある)となっていて、このキハ100系の車体サイズはキハ120とほぼ同格なのであるから、決して不可能ではないというこの返答にも充分頷ける物がある。

 要するに、経営陣の方針次第という事であろう。

 ただ、これも地上設備の受け入れ態勢があって初めて実現可能なシステム(専用の汚物処理システムの導入が必要になる)であるから、国鉄時代に由来する旧態依然とした検修設備を継承しているJRの場合、なかなかこういった最新機器を導入しがたいというのも確か(流石に便所無しが社会問題となったせいか、2005年になってからキハ120形にも便所設置工事が施工されつつある)であるが。


問題点あるいは疑問点

 ここまで、IRT355の特徴や長所を見てきたが、この車輛にも問題点あるいは疑問点が幾つかある。

 1つは、2輛あるイベント車と残りの10輛の一般車の車内設備の格差である。

 これは、一般車の場合カーテン巻き上げ式で蛍光灯剥き出し、固定クロスシートという仕様で製作されているのに対し、イベント車については横引きカーテンで灯具カバー付き、しかも転換クロスシートとなっているという物だが、果たしてこの様な格差を意図的に設ける必然性は存在するのだろうか?

 無論、通勤通学時間帯に充当される事が前提である一般車が詰め込みの効くセミクロスシートの座席配置とされ、イベント車のオールクロスシート配置と区分されているのは、ある意味で理解出来ない事もないが、それにしても只でさえ車輛数を絞っていて予備車が少ない(現実に開業直後で乗客が殺到した時期にはイベント車も一般仕業に充当されてフル稼働状態であった)現状では説得力に乏しく感じられるし、前述のアコモデーションの質に関わる部分については、格差を設ける事に関する合理的理由が見出せない。

 そもそも、イベント車は団体客の利用を念頭に置いて設計されている様であるが、例え会社に使いでのあるまとまった金を前もって支払ってくれるという事情があるにせよ、結局は団体割引で廉価に乗車する団体客と、それ以上に会社にとって重要な固定収入を保証してくれる定期券客(無論、割引があるという点では彼らも変わりはないかそれ以上であるが)とで本質的な格差があるとは考え難く、それを等価に扱わず一般客を馬鹿にした様な差別的方針を採る事には正直感心しない。

 固定クロスシートと転換クロスシートのどちらが優れているか、という問題については様々な意見があるので難しい(個人的には座り心地に差が無い以上、座面の向きを自由に変えられる転換クロスシートの方が便利であると思う)訳だが、スペシャルチャージを要求するグリーン車や有料特急車ならばいざ知らず、同じ区間を走る普通車でサービスそれそのもののに差を付ける事は極力あってはならないのでは無かろうか。

 それは、例え団体向けと一般向けでサービスの方向性や種類が違う事(例えば団体用にVTRやカラオケ機器を搭載する、といった事例の事だ)は是認出来るにしても、カーテンや灯具に格差というのは論外という事であって、少なくともこの辺に関しての井原鉄道の方針に納得の行く説明は見当たらない。

 これは一見小さな事であって、知らなければ気付かない様な問題であるかも知れない(そして何故か第三セクター鉄道においてはまるで当然の事の様に実施される)のであるが、その根元に存在する会社の方針という点で決して看過し得ない非常に重要な問題である。

 この種のサービスの同質性に関する問題は関西圏の鉄道では長年に渡って随分神経質に取り扱われて来た事であり、例えば阪急電鉄は特急車等の一部に例外的な差異が存在するが、それ以外は例え旧型車であろうが新型車であろうが常に均質なサービスを提供する様に心がけていて、それが鉄道全体に対する信頼を醸成している(この場合、革新による進歩と意図的な差別化を同列に論じるべきではない)事、そしてそれに学んだJR西日本が少なくとも「アーバンネットワーク」と同社が呼んでいる近畿圏のインタ・アーバンサービスについて、サービスの同質化とその内容改善(221系・223系・207系と次々に高水準な車内設備を備えた新造車を大量投入して在来車の置き換えを図るだけではなく、在来の113系や115系でも経年の若い車について223系相当の車内設備に更新を実施して延命を図っている。ただ、それが全社に及ばない所に同社の苦悩が見て取れる)を推進し多大な成果を挙げている事を考えれば、この種の妥当性を欠いた差別化は長期的に見て利益とはなり得ない筈である。

 事情を知らない乗客にとってみれば、乗って良い車輛と悪い車輛が存在する事、これは大問題である。

 これも関西私鉄の事例になるのだが、先年京阪電鉄が長年の宿願を果たして出町柳−三条間の路線延長を実施した際に、運用数の増加で定数が不足する特急車を新車の投入で補った事があった。

 この際、在来車(3000系)の設計以来20年近くが経過していて社会的にも様々な変化があった事から、当然の様に完全新規設計の画期的な新型特急車(8000系)を建造したのだが、これがあまりに好評でこれに乗車する為に先発の3000系による特急を見送って次発の8000系特急車を待つ乗客が行列を作るという現象が発生し、驚いた同社は慌てて3000系の補修工事計画(経年劣化に対する対策工事として実施する予定であった)を取り止めにし、まだまだ充分使える3000系を廃棄して8000系の代替新造に計画を変更する羽目に陥った。

 この場合は会社側の対応が素早かったお陰で、かえって乗客の増加に繋がった(近年、叡山電鉄の「きらら」をはじめとして何故か京阪系各社にこの種の話が多い)のであるが、一旦この種の不評が噂として流れると、平行して走る代替交通機関が存在した場合、乗客の要らざる、それも大規模な逸走を招く危険性がある。

 こういった教訓が厳然と存在するにもかかわらず、第三セクター鉄道でこの種の無意味な差別化が頻発する裏には、危機的状況で出発する企業としての理念や姿勢を周知する努力の不足、併走する交通機関との競争に対する警戒心の欠落、あるいはサービスに対する一貫した姿勢の確立という事に対する出資者(一般に地方自治体が大株主となる事が多い)側の理解の欠如があると考えられるが、そういった状況にある鉄道の大半が例外なく苦戦を強いられている事を考えると、この様な行為に及ぶ井原鉄道の将来も正直言って危惧せざるを得ない。

 つまるところ、同区間・同一運賃で提供されるサービスは均質である事が望ましく、更にはより高度である事が基本的に望ましい。

 その意味で先に述べたバリアフリー施策は、健常者と同質の運輸サービスを身障者に提供する道を開くという事で非常に高く評価出来るのであるが、それだけにこの種の無意味な設備格差を車輛に設ける事はその理念に逆行する前時代的蛮行と言うべきで、早急に是正すべきであると筆者は考える。

 

 ただ、このイベント車2輛の内1輛(101)は「宝くじ号」と命名されている。

 つまりその名が示す様に宝くじ事業の収益金から補助を得て建造された車輛という事であって、あるいはその辺に格差の原因やそれを要求する様な制約条項が存在したのかも知れない。

 この辺に関しては、質問した際に井原鉄道の関係者の方々が明快な返答を下さらず言葉を濁しておられたので、浅学な筆者にはこれ以上を語る言葉はない。


おわりに

 この様に問題点も少なからずあるとは言え、このIRT355は全体的には非常に好感を持てる設計の車輛である。

 実際に運行開始後乗車した時の経験から言えば、気密性の不足によって長大トンネル区間でいわゆる「耳ツン」現象を招いている事だけは何とかして欲しい気がするが、新規に建設された自社線の専用施設群と連動する事を当初より織り込んで企画・設計されたこの車は非常に使い勝手が良くまとめられている。

 言い換えれば、非常に良い具合に「枯れた」設計である。

 確かに、先行したJR西日本キハ120と共通性の高い外観である為に第一印象で損をしている様に見受けられるが、それを差し引いてもトータルデザインという観点での完成度ではこちらが勝るのではなかろうか。

 無論、老朽化した大量の旧国鉄制式気動車を早急に置き換える為に予算上の制約が厳しく、しかも運用線区を限定されない汎用車である事が求められた為に設計に無理の利かないキハ120と、新規開業線区限定運用を前提に設計されたIRT355を同じ土俵で比較する事はナンセンスであるのだが。

 

 何はともあれ井原鉄道が開業してから早くも6年以上が経過した。

 定期客収入が予想ラインに到達しない等、様々な困難を報じられながらも苦闘する井原鉄道線の将来に光明が見出せる事を祈りつつ、ここはひとまず筆を置こう。

 

 なお、IRT335の台車形式名と宝くじ号の輛数については、本稿公開後に地元在住の瀬尾陽介氏にご教示頂いた。氏には特に謝意を表するものである。


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