憧れのマイコン玩具

 商品に付けると時代の先端ぽくって新しさを感じる単語というものがあります。
 古くは「文化」。文化包丁、文化住宅、文化女中器…。比較的新しいところでは「電子」。電子ジャー、電子卓上計算機、電子音楽…。

 そしておそらく1980年代前半に、最も新しく、最も輝いていた単語が「マイコン」。マイクロコンピュータの略語としての定着はことのほか早く、それまで人の手でやっていたこととか、自動化しても単純な制御しかできなかったところに応用することで、まさに人間の代わりとして複雑な処理をさせることが可能になりました。「電子頭脳」などとも呼ばれて、自動制御の代名詞になりましたね。

 ここでは、そんな時代の最先端「マイコン」を応用した玩具を紹介します。当時の少年少女の胸をときめかせた、夢あふれる商品への憧れが少しでも伝われば幸いです。

…という感じでシリーズ化できればいいんですが、ネタはほとんどないのですよ…。気長に探します…。


マイクロコンピューターユニットセット(タミヤ模型)

 タミヤ模型は「模型メーカー」という軸からいろいろな方向の製品を発売しています。当初の主力のプラモデルは当然として、電動R/Cカー、ミニ四駆、そして「楽しい工作シリーズ」に代表される部品群の提供です。

 個人的にも、「楽しい工作シリーズ」には大変お世話になりました。プラモデルは組み立てるはいいけれど塗料とか買えなかったのでデカール以外はスッピン状態、そして組み上がったらそれでオシマイ…なのに対して、ギヤボックスやキャタピラー、リモコンセットなどその部品を組み合わせればオリジナルの模型が作れる!ということで、当時いろいろ考えて組み合わせて遊びました。もちろんそのまま遊べる「基本セット」も充実していて、特に変速機構つきギヤボックスを備えた「バギー基本セット」(名前はうろ覚え)はお気に入りでした。
 「楽しい工作シリーズ」はそれぞれの値段も安く設定されていたので、少ない小遣いからでもそれなりに買うことができました。キャタピラー用のギアボックスとか、4チャンネルリモコンとか、いろいろ買った方も多いのではないでしょうか。

 「楽しい工作シリーズ」ではありませんが、それに付け足すとさらに面白い工作ができる、という位置づけでスタートしたのが「エレクラフトシリーズ」です。フラッシュライトなどいくつかの製品がありましたが、1981年頃登場した魅力的な製品がここで紹介する「マイクロコンピューターユニットセット」です。模型にマイコンが!!と色めき立ったのは言うまでもありません。高かったので到底手は出せませんでしたが、時代背景を物語る興味深い製品と言えます。

 この製品は、マイコンユニット本体と有線式のリモコンキーボードから構成されていて、マイコンユニットは模型に組み込み、キーボードでその動作を記憶させることが出来るようになっています。3つのモーターを制御可能で、それぞれのモーターをどちら向きにどれだけの時間で回すのか、がプログラムになります。キーボードは取り外せるので、電源を切るまで一度記憶させた動作を模型単体でトレースさせることが出来ます。
 上でも書いたリモコンなど、人間がつきっきりで操作するものはこれまでもあったわけですが、動作を記憶させたり自動で再現したりその内容を別の物にしたりというものはこれまでになく、「なるほど、これがマイコンの威力か」と感心したものです。
 こういうものをマイコンなしで実現することは不可能ではないですが、マイコンの助けがそれを容易にしていたのは事実。電卓戦争が過ぎ去って丁度ワンチップマイコンが手頃となり、設計を含めて使いやすくなったのだろうと思います。


 それでは順番に見ていきましょう。まずは箱から。
 パッケージの表面は、まさにマイコンユニットそのものと操作用のキーボードでほとんどを占められています。このセットは最初シャーマン戦車に同梱されていたものなのですが、それが単独で売られるようになったようです。プラモデルだと箱絵は完成予想図になりますけど、こういう部品は部品そのものを描くしかないんでしょうね。

 そして裏面。「楽しい工作シリーズ」でもそうでしたが、裏面に書かれる商品の説明が充実しているのです。さすがに複雑なので説明書なしでは使えませんが、例えばギヤボックスなんかは説明書なしで使えるくらいに書き込んでありましたし、これもできるだけ箱だけで説明できるよう詳しく書かれているのでしょう。

 パッケージの裏面。
 タミヤ伝統の白パッケージに、びっしりと書かれた説明文。商品の構成はもとより、このセットでできるようになること、電池とか必要なものなど、取説ほどではないですがかなり書き込まれています。ネットとかない時代、商品を説明するのは店頭に置いてある商品自身しかないといっても過言ではありませんから、手に取った客に可能な限り説明するためのこの文章、ということなのでしょう。
 パッケージの横とフタ。お値段8800円は「楽しい工作シリーズ」関連と考えるとかなり高いものですが、R/Cカーあたりを考えれば普通の値段でしょうかね。

 中身は発泡スチロールのケースに入っていて、キーボードを中心に綺麗に配置されています。

 キーボードから右は下でも説明するとして、キーボードの左にある白いものを。
 これはモーター動力用の電池ホルダで、単一電池が4本入れられるようになっています。三分割されている一番上の所に入っている輪ゴムのようなものはそのまま太い輪ゴムで、上の部品と下の部品を留めるのに使います。用途によって3V(2本)で十分な場合は、真ん中の部品は使いません。

 次に心臓部であるマイコンユニット。

 6cm四方の箱に収められたユニット。ラベルには"TAMIYAMICRO COMPUTER CONTROL SYSTEM"と書いてあります。ラベルの左下の白いものはブレーカーの復帰スイッチです。
 こちらはモーターと電源を接続する側のコネクタ。10ピンあって、3つのモーターとマイコン用(9V)およびモーター用(6V)それぞれの電源を接続するようになっています。
 左上でにょきっと伸びている白いのは上でも説明したブレーカーの復帰スイッチで、結構背が高いです。
 こちらはキーボードを接続する側のコネクタなど。右の10ピンコネクタは、ひとつ端子を削っておくことでモーター用ケーブルと誤接続しないように配慮しています。
 その左の丸いのはLED。操作によって点滅などで応答するようになっています。
 その左は電源スイッチで、写真の位置ではOFF状態。その左の四角いのはRUNボタンです。

 さすがにR/Cカーメーカーだけあって、このユニットの設計には抜かりありません。例えば、裏面からネジ止め固定するためのネジ穴が用意してあったり、ケースの段差のところでシャーシに固定できる金具がついていたり、それでもダメなら両面テープで固定というのも可能。このあたりは受信機のマウントをどうするかという歴史と経験の積み重ねがモノを言っているのでしょう。

 さて、このユニットの中身を見てみます。裏からはネジ2本で固定されているだけなんですが、ブレーカーが大きくて引っかかるためにちょっと開けにくくなっています。ようやく取り出したのが下の写真。

 基板は片面基板になっていまして、材質はベークライトですかね。写真でいうところの上半分がマイコン部、下半分がモーター駆動部ということになりましょうか。

 そのマイコン、TI(Texas Instruments)のマークがあるのでメーカーは明らかですが、その横に記されている"MP1255"をいくら探しても情報に行き当たらず。ていうか、"MP"なんてTIらしからぬ型番なんですよね。
 裏面。右下(ブレーカーの端子の間のところ)にタミヤのマークが。

 しかし、この時代のTIのマイコンなんてそれなりに絞り込めそうな話。そういえば、学研電子ブロック・FX-マイコン「大人の科学 Vol.24」によればTIのTMS1100にプログラムを仕込んだものだったということですし、こちらもTIならばTMS1000シリーズの可能性が高いですよね。それにいろいろ探してみると、型番の他に"MP〜"というマーキングも一緒に入っているみたい…。
 そこで基板のパターンを追いかけて、電源がどこにつながっているのかを確認してみたところ、±逆のような気がするけどTMS1100と同じような…ああ、TMS1100はマイナス電源を供給するデバイスなんですか(今ではそんなの見かけませんよね)、他の配線の具合も考えるとTMS1100で合ってそうです。とすると、"MP〜"というのはプログラムの中身を表す番号なのかもしれません。

 そんなに部品点数も多くない、というか同じ回路がいくつも並んでいるので大変そうじゃないかも、というわけで回路図を描いてみました。無保証ですがご参考まで。今となってはマイコンが手に入りません(というかこれマスクROMタイプなので例えプログラムがあっても書き込めないのよね)ので、複製不可能でしょう。

 マニュアルにあるマイコンのスペックはこのように書かれています。

命令用ROM 2048×8ビット
データー用RAM 128×4ビット
命令数 54種類
消費電力 27mW
クロック周波数 300kHz
命令処理時間 20usec
動作温度 -5〜70℃

 クロック周波数とありますが、OSC1/OSC2に入力されているのはRCによる発振回路…なんでしょうか。ほとんど時定数だけのような気もしますが…。モーター駆動用の出力回路はコンプリメンタリのトランジスタを組み合わせたもので、多分R/Cカーあたりからの応用なのではないかと思います。TMS1100の左にあるコネクタがキーボード用で、右のコネクタがモーター・電源用。供給状態が分かるように添付されているケーブルの配線も回路として記載しておきました。
 ちょっと面白いのが、TMS1100のすぐ右にあるRUNスイッチ。次に説明するキーボードにもあるのですが、スイッチをキーボードと同じ回路・アクセス方法で検知しています。配線上もキーボードのRUNキーと同じになっています。キーボードは動作をプログラムした後は取り外したりしますので、これだけはユニット本体に搭載する必要があったんですね。

 次はキーボード。

 電卓くらいの大きさで、上の方に見えるようにケーブルが出ているワイヤードリモコンの形をしています。黒ばっかりで見えにくいですが、Fキーの右にはスライドスイッチがあって、TRACE・RUN・PROGの順に切り替えできます。このスイッチでユニット本体の動作モードを変更します。

 キーボード自体薄いものですし、それぞれのキーも押した感触は乏しいです。

 ほとんどのキーに矢印が入っていますが、これはやはりシャーマン戦車に同梱されていたことが影響しているのでしょう。実際キャタピラー形の車両のコントロールのためにプログラムが作られており、左上/右上/左下/右下の斜め方向の矢印キーは信地旋回(片方のキャタピラーを止めてもう片方のキャタピラーだけ動かして旋回する)、左と右のくるっと回っている矢印キーは超信地旋回(左右のキャタピラーを逆方向に動かして旋回する)、Fキーを押しながら信地旋回を指定すると弧を描くようにカーブしながら走る、という動きができるようになっています。
 6つのキーに数字がありますが、これがプログラム時にそれぞれの動きをどれだけの時間実行するかを指定するもので、1カウント約0.15秒だと説明されています。例えば「↑4」と押せば前進を約0.6秒しますし、「↓X8 16 4」と4つのキーを押せば約24秒間後退することになります(X8は指定された数値を8倍することです)。LOOPは最後に指定して、それまでプログラムした内容をループ実行します。止めるにはRUNキーまたはRUNボタンを押します。

 スイッチをTRACEモードにすると、その瞬間からボタンによるリモコン操作が有効になり、その操作を記憶します。一通り操作してRUNモードに戻せば、すでにプログラムが記憶されている状態になっているのでRUNキーによりさっき操作した内容を繰り返します。キーボードの数値からすると1つの動作について指定できる時間の長さに限界があると想像できますが、TRACEモードではそれを超えると次のステップの動作として分割して記憶するようになっています。

 下の方に左右の矢印があるキーがあって、第3のモーターの制御に使用します。説明書ではショベルドーザーのショベルの上下をこれで操作する、とあるのですけどちょっと苦しい説明ですよね。情報が確認できていないのですが、おそらくシャーマン戦車では砲塔が回転するようになっていて、それをこのキーで操作したんではないかと思います。

 そして次はそのキーボードを分解。

 なんか電卓の背面にそっくりだなぁと思ったら…。  中身は電卓そっくりのメンブレン式になっていました。あれ、そういえば表からはキーがないところにも接点がありますよ?隠しキーですか??
 コネクタは、誤挿入防止用に穴がひとつ埋まっているタイプのものが使われていますね。ケーブルもちゃんとカラーコード順に並んでいる、電子機器用のものが使われています。

 こちらも回路図にしてみました。これはこれでなかなか興味深い…。

 回路図中、スイッチの横に書いてある文字はどのキーかを示したものです。図に書きやすいものはいいんですが、矢印だけのは表現しにくいので文字で代用しています。L-Dは左下、R-Dは右下、Lは左、Rは右です。「?」とあるキーは隠しキー。基本的に、キーは4×4のマトリクスとして構成しています。先に回路だけ作っておいて、リモコンやプログラムする機能をまとめるうちにどれだけキーを使うのか後から決めたのでしょうかね。
 キーやスイッチの実現方法として興味深いのが、TRACE/RUN/PROGの読み取り方法。マトリクス回路にはTRACEとPROGはあってもRUNがありませんよね(上の方で?キーに囲まれている「RUN」はRUNキーのことなので念のため)。改めてキーボード基板を見てみると、右上のスイッチの部分、横長のパターンとその左右に小さい四角のパターンがあることがわかります。ここがスライドスイッチの場所なんですけど、実は横長のパターンはこの幅がスイッチの幅そのものなんです。つまりスイッチをRUNポジションにしておくと、左右のパターンは浮いたままになるということですね。そして、そのパターンこそがマトリクスのTRACEとPROG。ということは、このキーボードではスライドスイッチさえ押しボタンと同じ方法で検知しているということになります。

 なお、トレース用データ入力やプログラムが終わったらキーボードを取り外して模型単体で動けるようにするため、回路的にはキーボードが外れた状態でRUNモードになるようにしてあります。

 残りの付属品など。

 色とりどりのケーブルはマイコンユニットとモーター・電池などをつなぐためのもの。クリーム色の四角いのは両面テープです。右の黒っぽい四角いのはマイコンユニットを固定するための金具で、この枠にユニットのキーボード接続コネクタ側(高さが低くなっている)をはめ込むようにします。その上に乗っている真鍮の金具が単一電池ボックスの金具、ネジはマイコンユニットや金具の固定用です。
 これは単一電池ボックスに貼り付けるシール。乾電池とはいえパワーがありますので、注意書きは必要ということでしょうか。説明書には、この「+」「−」のシールだけでなく「注意」とあるシールも貼れと指示されています。
 大きくて厚い(12ページ)マニュアル。接続方法、プログラムのしかた、応用例、そしてマイコンとは何ぞや?ということまで書かれています。

 そのマニュアルの中身なんですが、

あのキーボードにして、プログラムをどう表現するのかと思ったら、やっぱりこういうことでしたか。まぁ予想はしてましたけど…。
 応用例のうち、ちょっと特殊なものを。4to16デコーダのMC14514Bにモーター出力を接続し、定番のカウンタIC・555の時定数をデコード出力で切り替えることにより、音階を出させようというもの。パターンを記憶させれば自動演奏も可能。そのままでは戦車かブルドーザーのコントローラにしか見えませんから、こういった全く毛色の違う応用例を見せておくことは大事でしょうね。

 さて、これがどの程度「マイコン」だったのかというと…。

 もちろん今似たようなことをやるとすれば、PICとかのワンチップマイコンでもっと複雑なことができてしまうわけですが、この時代ならばこんなところでしょうね。

 残念なのは、このユニットの後継機種が出なかったことです。その後だんだんワンチップマイコンが高機能化していったわけですから、代を重ねればもっとすごいものができたはず。レゴのマインドストームなんか血縁関係はないですけど「模型にマイコンが組み込まれる」という点において延長上にある商品じゃないですか。
 これが一代限りの商品で終わった原因は、機能の問題(「こんなのマイコンじゃないやい」とか文句が出ること)ではなく、「楽しい工作シリーズ」にくっつけるパーツとしては高すぎたからじゃないでしょうか。「楽しい工作シリーズ」のターゲットは小中学生、8800円という価格はこの時代の彼らにとって易々と出せるお金ではないでしょう。ラジコンに何万円もかける大学生・社会人とは違いますしね。

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