S-OSの連載では、そのプログラムなどのダンプリスト(バイナリ値の羅列)の他に、ソースリストも掲載されることが常とされていました。当時の雑誌では、マシン語のプログラムはダンプリストのみの掲載になるのが普通だったところにソースリストを併載するのは異彩を放っていました。
もちろんほとんどの読者はダンプリストを入力するのみで、ソースリストまで入力している人はまれでした。だったらなぜソースリストを掲載していたのでしょうか?
それはズバリ、プログラミングの学習のためです。完成している誰かのプログラムを読んでみることが、プログラム習得には大きな力となります。プログラムを改造するにも、ソースリストは役に立ちますね。
オープンソースソフト(OSS)の定義や歴史を見ると、学習はOSSの目的のひとつに過ぎませんし、S-OSが歴史のピースのひとつになっていたりもしません。S-OSが始まったのは日本にOSSの概念がほとんど認知されていなかった時代ですし、そういう時代になってもS-OSをOSSであると正式に定義することもありませんでした。
ただ、あくまで学習目的であったとしても雑誌としては大きな使命のひとつであるわけで、このソース同時掲載の形式はOh!MZ/Oh!XにおいてS-OS以外の記事にも広がることになりました。
そういうことですので、S-OSはOSSの形態を取ってはいたものの、正確にはOSSではないということになります。