PC-9801-73 / NEC
接続バス:C Bus (16bit)
サウンドコントローラ:YM2608B (OPNA) / YAMAHA + μPD65051GFE77 / NEC + μPD6380GC / NEC
対応機種:PC-9800シリーズ
動作確認マシン:PC-9821RvII26/N20
1991年10月に発売された、マルチメディア実験機のPC-98GSと同等の音声入出力機能を実装する、Plug and Play非対応のCバス用サウンドボード。
機能的には、NECの8bitマシンであるPC-8800シリーズ用に開発されたサウンドボード2相当のFM/ADPCM音源に、NEC自社開発のDSP(μPD65051)とリニアPCM音源を付加してPC-9800シリーズ標準のCバス用にモデファイしたものと考えれば判りやすい。
つまり、このボードではヤマハのYM2608B(OPNA)とADPCMバッファ用DRAM(μPD41464V-10)2個を組み合わせたFM音源/ADPCM出力回路を中心に、各種音声(ライン入力された音声信号を含む)のエフェクト処理を可能とするDSP(注1)と独自設計の44.1KHz 16bitステレオ音声対応リニアPCM出力回路を組み合わせてあり、当時のパソコン用拡張サウンドボード/カードとしては望みうる最良に近い機能をフル実装してあったことが判る。
このボードで付加されたリニアPCM出力はWSS-PCM互換音源の出現前、それもマルチタスク動作をするWindows環境ではFIFO転送の多用がPCM再生において致命傷になる、と発覚する前の製品ということで対応データ転送モードとしてコントローラへのDMAC内蔵が必須で複雑化が避けられないDMA転送ではなく、回路構成が比較的容易なFIFO転送を用いている。
また、音声出力の品質に重要な影響を及ぼすDACはバーブラウンの18bitマルチビットDACであるPCM61P(Jグレード)が2個搭載され、DAC回路の別基板化(注2)により音質の向上を図っている。
このボードの最大のセールスポイントは、何と言ってもこのDSPによるエフェクト処理と、それを利用した4ch出力機能である。
だが、この機能は正直なところ着眼点は悪くないものの、搭載DSPの処理能力や当時のサウンド系の一般的なインフラ、それに何よりDSPの内蔵メモリ量の不足に起因する実用的なプログラム記述の困難さとDSP自体の処理性能の不充分さを勘案すると、双方共に実用的な利用が可能であったとは到底思いがたい。
事実、このボードは、殆どの場合PC-9801-86相当としてしか利用されなかった(注3)し、そもそもこの贅沢な構成(注4)が祟ったのかこのボードの当時の定価は\90,000と非常に高額に設定されており、そのあまりの高さ故に市場には受け入れられず、PC-98GS共々ビジネスとしては最終的に失敗に終わっている。
さすがにNEC自身もその辺の判断ミスというか見通しの甘さを反省したらしく、後継機となったPC-9801-86では4ch出力を含むDSP系の機能が全て削除され、ミキサーの回路構成も簡素化して大幅なコストダウンが実現されている。
そのあたりの事情もあって、Windows 3.1/9x/NT/2000といったNEC自身が移植を行ったPC-9800シリーズ対応OSにおいてこのボード向けとして提供されたデバイスドライバは、後継廉価版であるPC-9801-86と共通とされており、初期化時にミキサの挙動を86互換で動作するように設定して(つまりDSP経由のミキサー入力をカットし、FM・PCM・ライン入力の全てを直接ミキサーに入力するようにして)DSPを事実上殺してしまうという、ある意味屈辱的な処理が行われている。
もっとも、これについてはむしろごく僅かしか出荷されなかったこのボードに対応するドライバを、例え86ボードと共用とは言えきちんと提供したNECを賞めるべきかも知れない。
また、このWindows用デバイスドライバの初期化ロジックが異なっていたという事実が示す通り、このボードの(特にミキサの)初期化手順はPC-9801-86と異なっており、このため86ボードのPCMに対応するDOS用FM/PCM音源ドライバでは、ほぼ同じPCM回路を備えるにもかかわらず、このボードのリニアPCM/ADPCMをサポートするものは事実上皆無(注5)であった。
なお、このボードの入出力端子は上述のような理由からPC-9801-86と異なっており、MIC Inを持たない代わりにLINE OUTがMAIN・SUBの2系統になり、内部出力端子(例えば専用ディスプレイ内蔵スピーカーへ音声やビープ音を出力可能なPC-H98 model 105/U105等ではこれに対応する入力端子が本体内に用意されている)が存在する。
(注1):未だMMX命令の登場していないこの時期、あのNeXTでモトローラのDSP56000が搭載されて大きな成果を挙げていたことに影響されてか、パソコン/ワークステーション業界では音声処理用としてDSPが流行しており、NeXT以外では自社製DSPを搭載したこのPC-9801-73/PC-98GSの他、Macintosh Quadra 660AV/840AVシリーズにTI製DSPが搭載されたことが知られている。
(注2):ドーターボード形式でDAC周辺の回路が電気的にアイソレートされている。
(注3):曲がりなりにもDSPの機能を利用したのは、このボードに実装されたBIOS ROMを利用可能なN88-BASIC(86)程度しかなかったと伝えられている。
(注4):ちなみに、電源回路を構成する電解キャパシタ(ケミコン)も以後の後継機種の様な表面実装形ではなく通常のタイプが採用されており、これもコスト増大要因であった。
(注5):但し、特に対応を謳わずともFM音源部分についてはOPNA固有の動作モードで正常動作するものが結構あった。また、elfの名作「YU-NO」のように公式対応を謳う作品も、少数ながら存在した。
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