IBM 5576-001 (5576 Keyboard-1) / 日本IBM


 日本IBMがPS/55出荷開始にあたって用意した、最初のキーボードの一つ。

 製品管理上は5576-001と呼ばれているが、本体裏側のラベルには5576 Keyboard-1と記載されており、その名で呼ばれる事も多い。

 最初にジャンク市で安値大量処分の対象となっていたのを1枚購入。

 その後リコー向けOEM品を1枚ネットオークションで、IBM純正品を2枚中古屋のジャンクコーナーで入手した。

 そもそも対応機種であるPS/55シリーズ自体が、米国IBMのPS/2をベースに日本語に関わる独自拡張(主としてビデオアダプタ回りの変更とMicro Channelの2バイトコードセット対応)を実施して開発されたものだけに、我が国で正規発売された最初のPS/2コネクタ対応キーボードである可能性が高い。

 但し、早速独自拡張が実施されており、専用コネクタ(IBM純正101キーボードのそれとは形状が異なる)で接続されるキーボードケーブルはPS/2端子の全ピン分の信号線を含んでいて、キーボード底面に内蔵されたスピーカーへの出力信号が通常のPS/2キーボードでは未使用のピンに割り当てられている。

 キー配列は、日本IBMがPS/55以前に主としてビジネス用として販売していた16bitパソコンである5550シリーズの為に用意されていた専用キーボードとほぼ同一仕様の、いわゆるJIS配列をベースに多数の特殊キーを追加した独自の124キー配列となっており、それ故PC/AT系マシンの為に用意されたキーボード製品中でも最大級のサイズになってしまっている。

 元々がIBM製大型コンピュータの端末処理を前提に設計されたというその出自故か、手間暇をかけて造られた極めて贅沢な仕様のキーボードであり、そのキータッチもほぼ理想的と言って良い軽さと絶妙なクリック感、それに適度なストローク感が高度にバランスした、流石はIBMと思わせるものであった。

 そのキースイッチはいわゆるメカニカルスイッチであるが、各スイッチについてクリック感を出す為の板バネとキータッチを出す為の小型コイルバネがそれぞれ1つずつ組み付けられた凝った仕掛けとなっており、数多あるIBM系メカニカル/メカクリックキーボード中でも異彩を放っている。

 また、キートップは本家米国IBMの1391401と同様に大半のキーが2重構造になっており、また、文字表記は多色層状成形でこそないが、擦過による摩耗の多いキー上面についてはインキ印刷ではなく特殊な浸透染色処理が施されているらしく、多用しても剥げない様になっている(キートップがツルツルになる程使っても剥げなかった)。

 外観はいかにもIBMらしくシンプルかつ機能的な仕上がりなのだが、実はこのキーボードの機構部はアルプス電気によるOEM供給品で、Apple Extended Keyboard IIに代表されるApple向け供給品と共に、1980年代〜1990年代初頭のPC用キーボードに果たした同社の役割の大きさが知れよう。

 この頃のIBM製キーボードは一般にキースイッチ基板が単一Rで湾曲した、シリンドリカル・ステップスカルプチャと呼ばれる構造であったのだが、このキーボードについては、ファンクションキーの部分がフラットで、その直下に折れ目があってそこからスペースキーのある最下列までなだらかに湾曲する、シリンドリカル・ステップ/ステップ複合スカルプチャとでも言うべき、製造にかなり手間の掛かる構造が採用されていて、驚いた事にはベークライトや紙エポキシではなく高価なガラスエポキシの基板が奢られていた。

 ちなみにコントローラはIntel純正のi8052AHで、通常の106/109キーボードならば2が標準のキースキャンコードセットは、3がデフォルトとされている。

 本家日本IBMの製品という事で発足時のOADGの標準には入っていた様であるが、流石に日本IBM自身でさえこれを標準仕様とは考えていなかったらしく公式にはPS/55専用という扱いになっていて、現在のOADG標準規格からは外されてしまっている。

 無論、PS/2コネクタで繋がるから今のPC/AT互換機でも使用は可能であるが、上記の事情故にOS側のサポートが弱くDOS→Windows3.1→Windows9xとIBM自身のOS/2でのみ(あるいはAIXでもサポートされているのかも知れないが未確認)公式サポートされている様だ。

 但し、Windows NT 4.0ではサブセット版に当たるIBM 5576-002/003用ドライバで動作するし、その5576-002/003さえ非サポートのWindows 2000やWindows XPでも002/003用ドライバがSystem32フォルダ内にこっそりインストールされているので非公式ながら、そうして癖のある配列やその挙動に耐えられれるのであれば、このキーボードを利用する事自体は可能となっている。

 キータッチ自体はヘビーな使い方をされる端末用という事もあってか非常に秀逸であり、キークリック音が特徴的で耳につくという欠点さえ我慢できるならば、私の知る限りでは最上の部類に入るキーボードである。

 なお、このキーボードはPS/55本体と同様にリコーにOEM供給されていて、そのバージョンでは本来IBMのロゴの入る部分に“RICOH”のロゴが入っていた他、本来のIBM向けとしても、同一の基板と外装ながら、スピーカーを内蔵せず純然たる端末用としてキー配列が変更されたバージョンが存在した事が確認されている。

 なお、このIBMとリコーの関係はその後も長く続き、それは最終的にあの「チャンドラ」を産んだライオスシステムを合弁出資で創設した事でも明らかな様に、ハードウェア設計のレベルにまで踏み込んだものであった事は記憶に留めて置いても良いだろう。


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